親父が見たもの(大赤見展彦)
これは中学3年の夏に体験した話。
仲間の多くは高校受験を控えていたが、そんな彼らを尻目に、悪友たちと近所の公園で夜中まで遊ぶ毎日。遊ぶと行っても中学生のことだ。特に何をするでもなくたむろしているだけだった。
「じゃあ、また明日な。」と誰かが言うと、それが解散の合図となり、1人、また1人と帰宅していく。
僕は向かいのマンションに住むSと一緒に帰宅するのがお決まりだった。
そんなある日の夜、いつものようにSと帰り、自宅マンションの前で別れる。
「じゃあな!」そう告げて振り返った瞬間、左腕を引っ張られた。Sがちょっかいを出してきたのだ。これもいつものこと。
「おい、S!しつこいねん!」
そう言いながら振り返るとそこには誰もいなかった。少し遠くに自宅マンションに入っていくSの後ろ姿が見えるだけだ。
急に胸のあたりがソワソワしてくる。距離的に見てもSが腕を引っ張ったのではないことは確かだ。
怖くなった僕は走って家路を急ぐ。
当時、僕が住んでいたのは、そこそこ年季の入った11階建てマンションの905号室だ。
ぽっかりと口を開けた古いマンションの入り口は、先程の怪奇な体験も相まって、いつも以上に不気味だった。
小走りでロビーを駆け抜け、エレベーターホールへ向かう。
マンションにはエレベーターが2台あるのだが、1台は動いておらず電気が消えている。
そしてもう1台のエレベーターの扉が開いていた。
このマンションのエレベーターは、通常、扉が開きっぱなしになることはない。
また、誰かがエレベーターを利用して1階に降りてきたばかりであれば、人の気配があったはず。だが誰も見ていない。
「乗りたくない…」
嫌な予感しかしない。何者かに誘われているような気がしてくる。
でも、9階まで階段で登るくらいならエレベーターのほうがいい。
意を決して扉が開いていたエレベーターに乗り込む。
9階のボタンを押し、怖さに怯えながらもぼーっと上部の表示ランプを見ていたら、
ドーン!!
急に凄まじい音が鳴り、7階でエレベーターが停止した。
地震だろうか。いや違う。明らかに何かにぶつかったような衝撃だった。
そして扉が開く。ホラー映画であれば得体の知れない何かが襲ってくる場面だ。
静まり返った7階の廊下には誰もいない。
恐怖のあまり「閉」ボタンを連打する。
ウィーン…と音を立てて扉が閉まり始める。
ウィーン…ウィーン…ウィーン…
何故か扉が閉まらない。いや、正確には締まりかけた扉が何かにぶつかったように開いてから、再び閉じ始める。その繰り返しだ。もちろん扉の開閉を邪魔するものは何もない。
あまりの恐怖に体が硬直する。
なんとか全身に力を込めて自分を奮い立たせ、一気に閉まりかけた扉からエレベーターの外に脱出した。
「何やこれ…」
なおも開閉を繰り返すエレベーターの扉を見つめながら、一度大きく深呼吸をして9階までダッシュで階段を登った。
「嘘やろ…」
なぜかエレベーターが先に9階に到着して扉が開いていた。
通常、エレベーターの扉は少しの時間が経ってから閉まる。ダッシュで階段を駆け上がった自分より先に着くはずはない。
恐怖に怯えながらも、そのままダッシュでエレベーター前を走り抜け、廊下に出た。
自宅である905号室まで走っていると、急に905号室の前だけ天井に付いている照明が消えた。まるで、常に誰かに先回りされているようだ。
とにかく急いで家に入る。すると、普段は寝ているはずの親父が起きていて、僕を見るなり寝室から数珠を取り出してきた。
「同い年くらいのやつ付いてきとるわ。」
そう言うなりお経を唱え出した。
夜中に自宅の暗い廊下でお経を唱えられるのは、思春期の自分にはトラウマになるレベルの恐怖だった。ものの数分だろうか。不思議と体が軽くなった気がする。
「これで大丈夫や。おやすみ。」
何なんだ?パニクっていたその時、当時使っていたポケベルにSから連絡が入った。
「スグニデンワシロ」
急いでSの自宅に電話をかける。
S「お前、大丈夫だったか?誰かに絡まれてただろ?お前と別れて階段登ってる時に下見たらお前が絡まれてんの見えたんだよ!でも、すぐにお前が信号渡るの見えたから、無事なのはわかったけど一応心配したからさ…。」
僕「は?誰にも絡まれてないで。そんな事よりどえらい目にあったんだよ!」
S「その前に聞けよ。あのな、お前に絡んでたやつ、ここ何日かお前の後ろにぴったりくっついてたんだよ…でも、しばらくすると居ないんだ。怖いから言い出せなかったけど。」
何日も前からついてきてた?だからマンションの中でも先回りできたのだろうか。でもなぜ急に恐怖に陥れてきたのか…。そして、親父には何が見えていたのだろう。全ては謎のままだ。
“最恐”怪談師決定戦「怪談王2018」
会場:今池ガスホール(名古屋市千種区今池1-8-8)
開催日時:2018年8月25日(土)開場14:00 開演14:30
出演(計8名):渡辺裕薫(シンデレラエキスプレス)(漫才師/怪談王2017優勝)
大赤見展彦、松原タニシ、川口英之(ホタテーズ)【以上、関東地区代表】
三木大雲、渋谷泰志、田中俊行【以上、関西地区代表】
志月かなで【東海地区代表】
詳細は下記URLにて
“最恐”怪談師決定戦 「怪談王2018」:イベント情報:中日新聞(CHUNICHI Web)
http://www.chunichi.co.jp/event/kaidanou2018/