不思議なことにこの日を境に、嘉平川の病状は回復していきましたが・・・
二目と見られぬ顔になった妻チルーに対して哀れさよりは嫌悪感が先立ってしまいます。
健康な体と明るさを取り戻した嘉平川里之子は 妻チルー以外の女に目を引かれ心をうつすようになり、、、
ついにナビーという寡婦(後家)と深い関係になってしまいます。
・・・そしてこの情事がいつしか妻チルーの耳に入ります・・・・・。
病床の夫に余計な心配をかけまいと自らの鼻をそぎ落とし二目と見られないほど顔を醜くしたチルー。
その夫嘉平川が、自分の目を忍んでナビーという後家と深い関係になったことを知り落胆します。
食事もろくに取れず今度は彼女が病気になってしまい床に伏してしまいました。
これ幸いと嘉平川はますます情婦ナビーとの密会を重ね、2、3日彼女の家に泊まることしばしばでした。
しかし以前あんなに愛してくれた夫、話さえすれば判ってくれるだろう、、チルーは病床から嘉平川に話しかけます。
「貴方は最近ナビーという女と親密な仲になっているそうですが本当なんですか」
「誰がそんな嘘を言うんだ! 馬鹿なことを信じるな!」
「嘘!わたしは貴方の態度でわかります。それに、、、人からも聞きました! 本当のことを話してください!」
嘉平川は狼狽しその場を立ち去ろうとしますがチルーが着物の裾をつかみ離しません。
「今日こそははっきりさせてください!貴方は私がこんな醜い顔になったので愛想を尽かし、あのナビーという女と一緒になる気でいるのですね!私を捨てる考えなんですね!!」
チルーはなおも必死の形相で 「私がこうなったのもみんな貴方の病気を治してあげたい一心からです!
それが今になって私の顔を見るのも恐ろしそうにするなんて!なんて薄情な人なんでしょう! ・・・男の心はそんなに変わりやすいものなのですか・・・」
ここまで責めたてられ手が付けられないと思った嘉平川はついに本心をさらし やけくそになって
「そうだ「なんて、ひどい!」 チルーは夫の無情の言葉に声もちから無く泣き伏してしまいます。
嘉平川はそれ以来、家を出て行きます。一人残されたチルーは誰の看病も受けることなく夫の不実を怨みながら数日後一人寂しく死んでしまったのです。
!お前のその恐ろしい顔をみて心変わりしない男はいないさ!」と言い放ちます!!
~ 変て行くものや人の心 ~
数ヵ月後、、それは月夜の出来事でした。嘉平川里之子は愛人のナビーと首里城下の森を散歩しておりました。
松林に覆われたこの場所は眼下に那覇を見下ろす眺めのいい森でした。この夜は満月で青々とした月光がしのび逢う二人を照らしています。
詩情あふれる月を仰いでいると嘉平川は深い感情に誘われ 「 月や昔から 変わること無さみ」
と歌の句が浮かび静かに声に出して詠みました。 そして次の下の句は何と詠おうかと考えておりました・・
その時です・・ 音も無く風が吹いてきて松の枝を揺らし、なぜか寂しい不気味な風に乗って・・
~ 変て行くものや人の心 ~ どこからか聞こえてくると嘉平川の耳をつらぬきます。
それは聞き取りにくい声でしたがどこか聞き覚えのある声に 「はっ!」と驚き傍にいるナビーを見つめ「いまの詩はお前の声か!」と尋ねます。
黙って月を見ていたナビーは「いえ!わたしは何も喋ってませんし、何も聞こえませんでしたよ!」驚いた表情で答えます!
「まさかあの声はチルー・・」と思ったその時! ~ 月や昔から 変わること無さみ 変て行くものや人の心 ~ また嘉平川の耳に聞こえてきました!
「間違いない! 死んだ妻チルーの声だっ!!」叫び声と同時に目の前の松ノ木間から白い姿がボウッ―と浮き上がるのが見えました!
それは顔の真ん中にぽっかりと黒い穴の開いた妻・チルーの顔でした!
~~ 貴方は、この私を、、決して変わることの無い愛を誓ったのに!あれほど貴方に尽くした私を捨てましたね!この怨み晴らさずにはおきません!! ~~
恐怖に絶えかねた嘉平川里之子はついに気を失ってその場に倒れてしまいました。
その後も妻・チルーの亡霊は嘉平川里之子の前に現れ続けます。嘉平川は恐怖をまぎらわせんと毎日酒をあおります。
いつの日か彼は常軌を逸した性格になってしまいある行動に出ます。
「妻の死骸の足を釘付けにしたら幽霊となって出てくる事もなくなるのではないか!」
その日彼は夜になるのを待って真嘉比道にある妻を葬っている墓に出かけていきました・・・・
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