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私は所謂「見える人」だ。 
といっても「見える」「会話する」ぐらいで他に特別な事が出来るわけではない。 
例えば分かり易く事故現場にボケっと突っ立つ、どことなく色の薄い青年。私と目が合うと照れくさそうに目を逸らす。 
20余年こんな自分と付き合っていて、生きている人間と同じくらいの「何か」に引き留められている色の薄い(元)人を見てきたが、彼らがこちらに害を加えようとした事はほとんど無い。 
ある人は何かを考えこんでいるような。またある人は虚空を睨むように、その場に留まっている。自由自在に移動しているような奴は本当に極稀である。 
正直、オカルト好きな私にとってこの体質は非常に有難い。ラッキーと思っているくらいだ。 
これまで「オカルト好き」と「見える」のお陰で色んな体験をしてきたが、私は私の体質が生来のモノなのかどうか知らない。記憶に残る一番幼い頃の話をしようと思う。

私の実家は近江で神社をしている。店でも開いているような口ぶりだが、父、祖父、曾祖父・・・かれこれ300年は続いているそれなりの神社だ。 
幼稚園に行くか行かないかぐらいの時分。毎日境内を走り回っていた私はある日、社務所の裏手にある小山にこれまた小さな池を発見した。 
とても水が透き通っていて1m弱の底がとても良く見えた。脇には当時の私の背丈をゆうに超える岩がある。 
私はその岩によじ登ってはすべり降り、よじ登ってはすべり降りるという何が面白いかよくわからん遊びに夢中になっていた。 
何回目かの着地後、不意に気がついた。地面を見つめる私の視界に、草履を履いた小さな足があった。顔を上げると前方に浅葱色の変な着物(じんべいみたいな服)を着た私より少し大きいくらいの男の子が立っている。 
私が何をしているのか。さも興味有り気といった表情でじっと私を見つめている。中性的でとても奇麗な顔。私は参拝にきた人の子供かなぐらいにしか思わず、構わずまたあの儀式の様な謎の遊びを再開した。 
すると男の子は何も言わず私の真似をする様に、岩を登っては降り、登っては降りをやり始めた。当初私は自分が考案した最高の遊びを真似されたと憤慨しましたが、まぁ子供というのは得てして誰とでもすぐに仲良くなるもので。 
男の子は名前を「りゅうじ」といった。私は彼を「りゅうちゃん」と呼んでほぼ毎日小山で遊んでいた。

りゅうちゃんは虫取り名人であり、虫博士でもあった。ナナフシを見つけたのは、後にも先にもりゅうちゃんと遊んでいた時だけだった。 
この頃、父に私は小山で遊ぶ時は池に近づくなと言われていた。当たり前だ。小さい子が池の周囲で遊ぶなんて、こんな危険な事はない。 
ある日いつものようにりゅうちゃんと小山で遊んでいた時、池の底にとても奇麗な石を見つけた私は、それを取ろうと池に腕をつっこんだ。 
もう少しで取れそう。そんな思いがきっと油断を招いた。重心がすっかり前にいった私の体は、池の淵をずりずりと滑り落ちてしまった。 
もう訳がわからなかった。突然奪われた酸素、上下がわからない。どっちが上なのか。息を吸いたい。もがく私の腕を誰かが力強く掴み、そして引き上げる。 
助けてくれたのはりゅうちゃんだったが、今考えれば幼い私と、そう年頃も変わらない男の子が水の中から人一人を引き上げるなんて有り得ない。 
当然ながら当時の私にそこまでの思考力は無かった。溺れた恐怖にただただ泣きじゃくりながらそのまま家路についた。 
ぼたぼたと水を滴らして泣きじゃくる私に母は仰天し、池に落ちたこと、近所の男の子に助けてもらった事を告白した私にきついお灸を据えた。 
母に腕を引っ張られたどり着いた先は納屋。私はあの薄暗さが嫌で普段から納屋には近づかなかった。そんな処に一人放り込まれた私の恐怖といったらそれはもう、今でも当時の私に同情するくらいだ。 
暗い納屋で一人しくしく泣いていると誰かが入ってくる気配があった。すわお化けか何かかと、恐怖に顔面を強張らせたがすぐにその表情は緩んだ。りゅうちゃんだ。 
りゅうちゃんは、ひくりひくりとしゃくり上げる私の横で静かに寄り添ってくれた。すっかり心が丈夫になった私は母が呼びかけてくるまで暫くの間すっかり寝こけていた。 
すーすーと寝息を立てる私を見て母は、この子にはどんなお灸もきっと効かないと感じたそうだ。この頃から両親は「りゅうちゃん」の存在を知る。近所の遊び相手。そんな認識だったそうだ。

幼稚園へ通い始めても、小学校へ上がってからも、私はほぼ毎日りゅうちゃんと遊んだ。りゅうちゃんが同じ小学校に居るのかどうか、疑問は感じていたがあまり気にしていなかった。 
私が8歳になるかならないかくらいだったと思う。8歳になる(もしくはなった)と言ってはしゃぐ私にりゅうちゃんは、黄色い果物のような物をくれた。私たちはその果物を池で洗い、二人で仲良く食べた。 
なんだかちょっと酸っぱくて美味しくなかった記憶がある。私は家に帰った後、夕食中両親にその事を自慢げに話した。先のお池転落以来、池に近づくと怒られると思ったのでもちろん池で洗った果物である事は伏せた。 
両親も最初はにこにこと話を聞いてくれていたが、私が余ったその果物を食卓に持ってきた途端、両親の、特に父の顔色が真っ青になった。 
まず、その果物はドロドロに腐ってしまっていた。昼間あんなにみずみずしかった果物がゼリー状になっていたのだ。父が果物を睨みつけながら強い口調で私に問いただした。 
池で洗ったとゲロった私を父は抱きかかえ、もつれる足を何とか交互に動かし祖父の部屋へ滑り込む。 

私が~~様に魅入られた(何て言ってたかわからないw) 
キヌ(?)を喰うてしまってるようだ と父が叫ぶと祖父は目を見開き、放心といった様子で私を見つめていた。

神社の近くで農家をしているおじさんが家に飛び込んできて玄関で何やら騒いでいた。慌てている様子だった。母が対応し、すぐに父と祖父が玄関へむかった。 
何やら訳が分からない喧騒の中、ふと縁側に目をやるとりゅうちゃんが立っていた。いつも通りの奇麗な顔。だが一点、いつもと違う背丈ほど長くて白い髪の毛。 
必ず迎えに行くから待っててくれ。りゅうちゃんが私にそう言うのでうんと返す。 
それはいつ?言葉になるかならないかくらいのタイミングで私の視界は急に奪われた。祖父が麻布のような物で私の全身を覆ったのだ。 
私はそのまま祖父に抱きかかえられ、どこかに連れて行かれ(恐らく本殿)生ぬるい酒のような液体を麻布の上かけられて車に乗せられ、そのまま町を出て行った。 
しばらくゴトゴトと揺られていると車は緩やかに止まった。布の口が解かれ、父と母が不安そうな顔で私を見ていた。 
何がなんだかわからない私に母は、もう二度と言えには帰れない事。父、祖父と離れ、母方の祖父母の家で母と暮らす事を告げられた。 
わかったと素直に返事した私を両親は呆けた顔で見ていたが、私は大して気に留めなかった。父や祖父と離れるのは寂しいが、会いたいと言えばむこうから来てくれる。 
なにより、りゅうちゃんが迎えに行くと言ったのだから待っていればいい。そんな心境で私は古都の住民になった。 
色んな物が「見える」ようになったのもその辺りからだと思っている。いや、単にそれまでは限られた範囲の中でしか生活していなかったのもあって、たまたま遭遇してこなかっただけかも知れない。 
でも私はりゅうちゃんがくれたあの果物のせいだと、今でも思っている。