太田直樹のブログ - 日々是好日

テクノロジーが社会を変える

スマートシティの可能性を改めて考える+「特区」制度の経緯

”スーパーシティ”が動き出す

D市は、市民の塩分摂取量が高く、車社会であることから、脳卒中死亡率全国ワースト1位。スマホに健康アプリを入れ、手首にバンドをつける。すると、日々の生活や身体の状況から、パーソナルな運動や食事が提案され、遠隔の診断や服薬ができるようになる。(内閣府「スーパーシティ」構想から)

スーパーシティ法案が2月4日に閣議決定され、国会に提出されている。いろいろあってこれまで成立せず、これで三度目になる。この法案の特徴は、モビリティや医療、教育、金融などにおける新しいサービスの実装に必要な規制改革を、関連する各府省と事業者が個別に交渉しなくても、内閣府がまとめて面倒をみてくれるというもの。上の例で言えば、遠隔医療に関する法令、オンライン診療報酬の改定、混合診療における保険診療と保険外診療併用など。

そのかわり、都市によってバラバラなシステムにならないよう、APIをオープンにし、内閣府のカタログに公開することが義務付けられる。また、地域の住民の合意が形成されていることが重要な前提になっている。少し過激なしくみなので、施行して3年後に見直される予定だ。

内閣府が「スーパーシティ」構想を募集したところ、53の自治体が応募*1している(3月2日現在)。

関連して、SIP第2期の成果の一つとして「スマートシティ・リファレンスアーキテクチャー・ホワイトペーパー*2」が公表されている。140ページにわたって、びっしりと何が書かれているのだろうか。

”いつものメンバー”から脱却できるか

このホワイトペーパーは、9つの層から成るSociety5.0のアーキテクチャーと同じ構造をしているので、複雑かつ網羅的だ。事業者にとって実務的に意味があるのは、バラバラ問題に対するシステム面の対応(「都市OS」と総称される)と考えていいと思う。他はチェックリストくらいの位置づけではないだろうか。

バラバラ問題の隣にはベンダーロックイン問題がある。スマートシティでは、自治体が大きな役割を占めることが想定されているが、日本の自治体は、法令に従ってどこも似たようなサービスを提供しているのにも関わらず、それぞれ独自のシステムを構築しており、データもバラバラだ。スマートシティ法案やSIPプロジェクトなどの一連の流れは、そこに切り込むものだ。

都市OSは「相互運用」「データ流通」「拡張容易」を設計の要件としている。技術的には、APIやデータ仲介(Broker)、ビルディングブロック方式などが提案されている。

ただ、政府のスマートシティ構想には、驚くことではないけれど、ベンダーさんが大挙して参加している。

APIやデータ連携/仲介は、どのような変化を生み出すだろうか。例えば、データ連携のしくみとして想定されているものの一つに、欧州で生まれたオープンソースのFIWAREがあるけれど、欧州でスタートアップも含めて1000社以上が活用しているのに対して、日本ではNECを中心に大手が数社というのが現状だ。

都市OSの効用については、リソース効率化やコスト削減だけでなく、参加者が多様になることによる価値創造が本質ではないだろうか。

欧州で行われたスマートシティのワークショップについての記事を読んでいて、ふと目にとまって書き留めたフレーズがある(”スマートシティ”は大抵もやもやするものだ)。

”Lack of clarity is not necessarily a bad thing as there is diversity. It calls for creation. (もやもやしているけど、必ずしも悪いことじゃない。多様性があるからね。それは創造性につながる。)”

内閣府の取組みを見ると、これまでのところ”いつものメンバー”で回している。基本方針の策定はそれでもいいかもしれない。ただ、ここからは多様性やプロセス*3が大事になってくると思う。

改めて、どんな社会や街にしたいのだろう

スマートシティをめぐるグローバルの状況は、内閣府の資料の冒頭にも記されているけれど、いまのところ”横並び”と言っていいと思う。ただ、今回の新型コロナウイルス感染を経て、状況は大きく変わると思う。

・アプリによって感染者の行動を可視化

・オンラインによって学びや仕事を止めない

・人が出歩かなくなった街で自動運転の車が消毒と配送を行っている

スマートシティは、これまで専門家、コンサル、ベンダーの関心事だったのが、今回、様々な人が、その可能性や課題を感じていると思う。スマートシティは危険だ、という声もでてきた。日本における、いまのスマートシティの検討や議論は視野を広げた方がいいように思う。そこで、2冊の本を紹介しつつ、スマートシティの議論を拡張してみたい。

”公共”を集中ではなく分散させる

1冊目の本は

The Power of Open, Collaborative, and Distributed Governance

というのが副題で、タイトルは”A New City O/S”だ*4。共著者の1人のStephen Goldsmithは、現在はハーバードKennedy Schoolの教授で、インディアナポリスの市長やニューヨークの副市長を務めている。日本で議論されているOSとは、かなり異なる議論が展開されている。

youtu.be

本書の提案は突き詰めると2点だと思う。

・行政を公共私に分散させよう

・ローカルから変革しよう

そのために行政のO/Sを書き換える必要があると説く。O/SのBuilding Blockは3つある。

1つは、User Experienceだ。これは単に使い勝手のいいデザインということではなく、予算や購買における市民の参加の拡大も含まれている。

2つ目はActing in Time。行政手続きの無駄を省くだけでなく、行政に代わって、民間のデータが規制を抜本的に変えることを狙っている。著者の好きな事例は、Yelp(日本の食べログ)のデータを使えば、保健所が飲食店の衛生について1軒ずつ許可を出さなくても、規制を変えて、公民のシビックデータで予測して対応できる、というもの。

3つ目はエコシステムだ。行政の組織や人材のあり方について、大きな変革を提案している。

日常空間における関係性を再設計する

2冊目の本は

Building Density for Everyday Life

というのが副題で、タイトルはSoft City。前書きは、トップダウンで機能重視の近代都市計画に対して、60年代から「人間に優しい街」を唱え、コペンハーゲンを中心に様々な都市を設計してきたヤン・ゲールさんが書いている。同時期に、大西洋の向こうでは、『アメリカ 都市の死と生』のジェイコブズや『パタン・ランゲージ』のアレグザンダーが活動を始めている。

f:id:kozatori7:20200329180010j:plain

Soft City:設計や写真がたくさんあって、パラパラめくっていても楽しい

著者のデイビッド・シムさんは、コペンハーゲンのゲール設計事務所のエースとして、Soft Cityを提案し、こう書いている。

Perhaps soft city can be considered a counterpoint or even a complement to "smart" city. (多分、ソフト・シティは、”スマート”シティへの異なる視点、もっと言えば補完になる。)

ここでいう”Soft”はSoftwareではない。ではどういう意味か。著者は3つの原則を提案している*5

1つ目は、建物の間の空間をデザインして、選択(人と会う、パブリックな活動をする、プライベートなことをする)を生み出すこと。2つ目は、歩くという行為を中心に都市や建物をデザインして、楽しさや喜びを生み出すこと。そして、3つ目は内と外の境目を曖昧にして、自然と人の関係を変えること。

選択ではなくて、創造に向かいたい

エコノミストは、Covid-19の特集の中で、今回、中国や韓国、シンガポールなどで活用されたスマートシティの技術は、"ビッグブラザー(監視社会)”につながると警鐘を鳴らしている*6

また、ハラリは、FTへの寄稿で、僕らは選択を迫られていると論じる*7

”この危機に際して、我々は二つのとても重要な選択に直面している。一つ目は、全体主義的な監視か市民のエンパワーメントか。二つ目は、国家主義的な孤立かグローバルの連帯か。”

テクノロジーやスマートシティについて、こうした課題意識があるのは、よく分かるし、これからとても重要な論点になると思う。

ただ、一方では、実際にテクノロジーを街に実装していくとき、技術を活用した監視社会か(明示されないこともあるが)技術にブレーキを踏んだ自由な社会かというような二者択一ではなく、技術を使って新しいものを生み出す可能性があるのではないかと思っている。

例えば、シンガポールで使われている感染者の追跡アプリは、これ自体議論は多いにあるけれど、個人データは守られて分散しており、一つの”権力”が全てを監視・管理しているものではない。また設計もオープンソースになる予定だ。フーコーが130年前に描いた、権力者が分割できない個人(individus)を監視するパノプティコンではない実装方法が生まれている。

メタレベルだと、AかBかという議論になりがち*8だ。それは意味があると思いつつも、手を動かして、創っていくことが未来にとっては大切で、スマートシティにもそうした向き合い方を大事にしたいと考えている。

追記:「特区」制度の経緯

タイムリーに「遅いインターネット」に橘さんの記事が出たので、ぜひ読んでみてください。

slowinternet.jp

*1:内閣府「スーパーシティ」構想について、令和2年3月更新。海外の事例ががまとまっている。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/supercity/supercity.pdf

*2:ホワイトペーパーも含めてスマートシティの事例が揃っています。成功事例ではなく、現状が分かるという意味で貴重な情報です。事例の評価や課題があればなおよかったのですが。戦略的イノベーション創造プログラム / アーキテクチャ構築及び実証研究の成果公表 科学技術政策 - 内閣府

*3:ホワイトペーパーを読んでいて気になるのは、全体が要素還元/ツリー構造になっていること。これは相互運用を重視しているから仕方がないのかもしれないが、価値を生み出すのには必ずしも向いていないと思う。そのあたりを留意して、実装を進めたいところ。

*4:A New City O/Sについての特別サイトです。A New City O/S | A New City O/S

*5:3つの原則について、素敵な動画があるので見てください。Gehl — Making Cities for People

*6:www.economist.com

*7:www.ft.com

*8:少し挑発的に言えば、AかBかという議論しかできない専門家では見えない未来がある。都市は有機的なつながりでできており、実際にやってみると、単純な二元論にはならないのではないか