続き…
下田が、外からの朧気な光に包まれた踊り場付近にまで到達した。
そして彼は右側に位置する扉に……、ゆっくりと顔を近づける。僕となっちゃんは、とにかく音を出さないように、そして下田に何かあれば、すぐに階段を上れるようにスタンバイしていた。
時間が引き延ばされるような緊張感の中、慎重に…、慎重に……、顎を突き出すようにして、下田は部屋の中を伺っていた。どのくらい時間が経っただろうか、ずっと低姿勢を保っていた彼が、ふと立ち上がり、部屋の中に頭を入れるようにして少し覗き見たあと、
「おい……、やっぱ誰もおらんぽいぞ……」
と、僕らの方を見向きもせず、踊り場から手招きした。少し拍子抜けした僕らだったが、依然として先刻の不自然に揺れていた光の正体は謎のままだ。緊張が抜けきらないままに、僕らは階段を上り、部屋の中に消えていった下田のあとを追った。
二階は、どこかから外の光が射しこんでいるようで部屋の中はよく見えた。中央に置かれたピンク色の机の上、その周りにも乱雑に物が積まれていたが、決して部屋自体が荒廃しているわけではない。そんなピンク色の波に埋もれるように、下田はある方向を向いて立っていた。
「どうし……」
と、口に出しかけて、僕の言葉は止まる。かれの視線の先には、簡易的にも見える、縦長の長方形の……、ほんの少しだけ、奥側に開いたままのドアがあった。
つまり、この部屋において、先刻の光が揺れる原因となるものがない以上、僕らの気配に気が付いた誰か……いや、何かが、そのドアの奥に隠れこんだ可能性が……。
少し開いていると言っても、中は全く見えない。再び極度の緊張感に包まれ、ある種の興奮状態にあった僕らは、アイコンタクトを通して、全員の意見が一致したことを確信した。
いつものように下田が先行して、横側から手を伸ばしてドアのノブをつかむ、僕はドアの正面、そして、なっちゃんは下田と反対側のドアの横側に陣取った。
下田が、ゆっくりと開いたドアを押し、それは滑るように奥に開いた……。
そこは明らかに他の部屋よりも数段狭い三角形の部屋だった。元々は何かを入れる倉庫だったのかも知れない……。
そこには人影はおろか、三角形の頂点にポツンと机が一つ置かれているだけで、外からの日の光が入る窓が一つ、そして何よりもその部屋は今までのようなピンク色に彩られてはいなかった。
開かれたドアの正面に立っていた僕は、それが開くと同時に部屋の内部を視認できたが、色の違いから、まるでその部屋が異常であるかのような錯覚を覚えた。
「いや……何もない……」
と、頭を振りながら僕はそのまま部屋の中に足を踏み入れた。
…ん……?何かが机の上に…
小さな木机の上には、何に使うのかはわからない、粗末な……手製の器械としか、表現できないものが置かれていた。
それは、木々と鉄、加えて何かコイルのようなものを組み合わせ、例えるなら、昔、映画で見た古いモールス信号を送る機器のようだった。そこにはひときわ目立つレバーが一つ付けられていて、別段、他にはスイッチのようなものも見当たらない。
…何だ、これは…?
考えても心当たりがあるわけがない。だが、その機器の下にルーズリーフが一枚、敷かれていた。そこには読み難い乱雑な文字で注意書きのようなものが書かれていた。それは
『必ず全ての扉を開けておくこと』
という、簡素で理解は容易いが、真意の不明な文章だった。
と、
「明るいなー」
と僕に続いて入ってきた仲間たちが、その器械に目をやっていたとき、僕は窓のサッシにまた、奇妙なものを見つけた。
そこには丸い木の台座のようなものがあり、そこに割り箸のような棒が一本立っているといったような謎のオブジェがあった。
その台座にも記載があり、それは何か数学的な公式のようなものだった。その数式は、はっきり思えていないが、数字を代入するタイプのそれだったと思う。
カチカチという音と共に、
「全然動かへんやん」
「電気が来てないんやから、当たり前やろ……」
後ろからそんな声がして、振り返ると、彼らは先の器械のレバーを上下させて遊んでいた。
そんな彼らを横目に、僕は自分が来た……ピンク色の口を開く部屋の方を振り返り、奇妙な感覚を覚えた。
色彩という意味で一旦、通常の感覚に戻ると、それまで異常で、不気味としか表現できなかった、あの……、ピンクという色彩が……、なぜか、落ち着くような……そんな感覚……。
僕はドアをくぐり、ピンクの渦の中に戻り、彼らを待った。
「結局、何もなかったなー」
と、最後に下田が出てきて、そのドアを閉めると同時だった。
それが起こったのは……。
『ガン』
と、誰もいないはずの部屋のドア……、そう…、まさに僕らが今しがた出てきたドアが強く開かれ、
「お前たち……、ここで何をしている?」
と、全身をピンク色に包んだ男性が、荒々しく現れたのだ。
続く…