続き…

 

想像してみてほしい。

 

無人であることを確認直後に、そこから突然、何者かが現れた……、そんな僕らの驚嘆を……。

なっちゃんは後ずさったまま思考停止し、僕は後ろにあった机に倒れがかった。

そして……、一番扉に近かった下田は……振り返った姿勢のまま、床に倒れ……、異常に咳き込み始め、過呼吸状態に陥った。

遠く下田の苦しそうな息遣いが聞こえるなか、僕は扉から現れたこの、謎の男性から目を離せなかった。

そんな僕らの目とは裏腹に、

「おい、君、大丈夫か……!?」

と、彼は、倒れたままの下田に駆け寄り、首の下側に、部屋にあった段ボールを丸めて置き、彼を仰向けに寝かせた。そんな中、我に返った僕らは、まずはとにかく、この謎の人物を手伝い、下田の介抱に努めた。

少しして、下田の容態と、僕らの情緒も落ち着いたころ、

「さて……、君らはここで何をしている……?」

溜め息をつきながら、この男性は再び僕らに尋ねた。

下田の介抱という共同作業を経て、僕はこの人を悪い人間だとは思えなかった。だから、正直に全てを話した。すると、彼は

「はは……、確かに妙な家だな。私の服装も……」

と、乾いた笑いを浮かべ、

「だが……、ここには来ない方がいいんだ。例えば、私が殺人鬼だったら、一体、どうするんだ?」

と、落ち着いた声で僕らに諭した。

…標準語……。この人は、関西の人間ではないのか…

そんな彼に、僕らも素直に、彼の家に無断で侵入したことを詫びたのだが、それに対する彼の返答は奇妙なものだった。

ああ……それはかまわない。もともとここは住居じゃないしな……。ここは通路のようなもので……

と、彼は首を振り

「いや、わからない……か。私は……発明家でね……。君たちの好奇心は素晴らしい。そうやって科学は発展してきたんだが……。君たちのすぐ隣の世界には想像もつかないような危険があるんだ。この建物の色もそれに関係している

と、意味がわからないことを言う。反射的にその意味を聞いた僕に

ある種の生命体は、そうでないように見た目を変え、なに食わぬ様相をして街にいる。そして……、その正体を悟った人間を排除しようとするんだ。奴等は色盲のようなもので……、君たちが透明色を認識できないように、彼らもある種の色を認識できない。だから、その色の中にいると見付かりにくいんだ

やはり、彼が何を言っているのかがわからない。そんな中、

「発明家……。なるほど……、あの山の中にあった電信柱は、この家のために……

そんな、なっちゃんの呟き声に、

「君、今、何と言った?電信柱って言ったか!?」

この男性の態度が急変した。息は荒くなり、目に見えて浮つき、小さくブツブツ言い始め、

「君たち!早く帰りなさい!」

と怒鳴り、彼はドアも開けたまま、先刻の小さな部屋に駆け戻った。

「おっちゃん。どうしたん?大丈夫か?」

と、僕は、明らかに不審な動きを見せ始めた彼を追った。すると狭い部屋の中、彼は窓際で猫背になって……、たぶん、あの数式で何か計算をしているようだった。

「悪気がないのはわかってる!!だがな!お前らが……、お前らが連れてきたんだ!出ていけ!!早く!」

と、気が狂ったように怒鳴られ、その狂気的な雰囲気に威圧され、後ずさりした瞬間、僕は確かに見た。

先刻、窓際をしっかり見ていた僕は、確かにそんなものは無かったと断言できる……。

 

この家で唯一まともと言える光に満ちた部屋、その窓から射す光を遮る何か……、いや、何かではない……、

 

あるわけがないから認めたくないだけだ……、

 

その窓のすぐ外には……彼が過剰に反応を示した……

 

電信柱が……、その鉄杭を……、

 

曲がるはずのない固い鉄杭をうねらせながら……、存在しない目で部屋の中を覗いていた。


…何だ……あれは……

強烈な毒気のような威圧感に気圧され、僕は、後ずさったまま、思わず扉を閉じた。

僕の後ろにいた、下田となっちゃんは、僕の行動に不審感を感じ、

「なんで閉めるねん。おっちゃん、大丈夫か?」

 

と、もう一度ドアを開いた先には……、何もいない空間だけがあった。

 

そう、今の今まで、そこに人がいて会話までしていたのだ。ドアに片手をかけたまま、下田の動きが止まる。当たり前だ。何が何だかわからない。

 

僕らが、再び混乱に陥ろうとしていた時、

 

「オオーン」

 

と、窓の外から低い音……。地震が来る直前に感じるような、何か地の底から響く地鳴りのような……いや……、これは、ひょっとして……声か……?

 

咄嗟に見た窓際には、先刻、確かに見た電信柱の類のものはなにもなかった。

 

だが、家を震わす正体不明の巨大な音は、十分すぎるほど僕らに、自分たちが緊急異常事態の中にいることを悟らせ、僕らはまた、我先にと真っ暗な家の中をぶつかりながら出口へと向かい、その場から離れることに成功した。

 

実は、この後も僕らは何度かその場所に訪れようとしたのだが、たどり着けたことはなく、あの自称発明家の男性に出会うこともなかった。

 

 

 

 

 

彼の言った『隣の世界』が、何のことなのかはわからないが、彼、本人が、確かに何もなかった場所から現れ、そして、消えていったことは確かだ。

 

このことからも、彼が言っていたことが、全くの空言とも思えない。

 

結局これは予想にしか過ぎないのだが、彼は、彼の言う隣の世界において、何か人外のものと遭遇し、それから逃れるために、あのピンク一色に染まった家に移り住んでいたのではないだろうか?また、その後も彼をつけ狙う人外のものから逃れるために、どのようにしてかは不明だが、往復するように、隣の世界とこちらの世界を行き来していたのではないだろうか?

 

 

生徒から聞いた塾の近くにあるという、『ピンクの家』が、僕が過去に見たこの人と直接関係があるのかは不明だ。

 

発明家や芸術家は、奇人変人が多いというが、果たして彼らの言っていることは、本当に、奇抜な……ただの発想に過ぎないのだろうか?

 

また、僕の身の回りでも、稀にピンクにこだわる人々の話を耳にする。

 

そんな彼らは、ひょっとすると、隣の世界から来た、色盲の、人知を超えたモノから身を守る手段として、本能的に色にこだわっているのかもしれない。