誰にでも記憶違いということはあるだろう。

これは思い込みにも近いもので、それに確信があるにも関わらず、実際は違っている……。

 

ただの勘違いだと皆が理解しているものだが……、具体的な記憶であるにも関わらず、そうではない記憶も同時にある……。

 

ややこしい表現だが、僕にはそんな経験がある。


基本的に酷い方向音痴の僕にとって、場所の記憶というものは当てになるものではなく、かなりの期間に渡って何度も通った道でもない限り、地元でも迷うことは多々ある。

 

だが言い換えれば、記憶出来た道のりは忘れない。例えば仕事に行くときの道のり、駅からの帰り道……など。

ある日、仕事からの帰り道、僕は奇妙な感覚に襲われていた。

(ここの曲がり角には郵便局があったような……。でも昔からコンビニだ)

自他共に認める方向音痴の僕にとって、道に迷うことは日常茶飯事なのだが、『ただの記憶違い』と思い過ごすにはあまりにも具体的で、その郵便局の内部や駐輪場、その裏にある小道の記憶まである。

 

だが、そこは昔からコンビニであることも間違いない。まるで記憶が二つあるようだ……。

具体的な位置、具体的な構造、しかしそこには昔から違うものがあるという記憶……。

前世や多次元、パラレルワールドなどと言うつもりはない。これが記憶違いではないとして、科学的に理論付けられるものがあるとしたら……『夢』ではないだろうか?

実際、コンビニがある場所は、夢の中では郵便局に改竄されていて……、僕は夢でその郵便局を訪れたことがあるから、記憶が二つあるのだ。

 

しかし、何の変哲もない郵便局の夢など、なぜに覚えているのか?
 

上記の仮定の上では、もう一つ考えられることがある。その郵便局の細部まで覚えていることからして、僕は、認識はしていないがその夢を何度も見て、頻繁にその郵便局を訪れている、といったことにならないだろうか?

 

何の変哲もなく、恐ろしくもない夢なのだが、『頻繁に同じ夢を見る』といったことは……何を意味し、何が原因となっているのだろう?

 

そんな現象がことさら顕著に出る場所がある。

 

ある人気のない高速道路高架下には、途中で封鎖された地下に降りる巨大な階段がある……。

 

僕の性格上、そういった場所への興味は尽きることなく、階段を下って見に行ったことがある。灰色のコンクリートで造られた螺旋状の階段をおりきると、細長い通路があって昼間でもかなり薄暗い。外から入る弱い光を頼りに僕はその通路を進んでいった。

 

(工事か何かで造られた、建造途中の通路か……?)

 

何の飾り気もないその通路には、廃墟におなじみの巨大な落書きがあり、雨も降っていないのに、床には水が溜まっていた。

 

どうやらこの通路はどこかに繋がっているわけではなさそうだ。どんどん暗くなる道、そして真っ暗で何も見えない前方の光景が僕にそう言っている。

 

と、前方の暗闇に長方形の何かが見えた。

 

『立入禁止』

 

それは閉じられたフェンスに取り付けられた看板だった。下側にはコンパスの針でひっかいたような傷で相合傘が記されている。

 

(ここまでか……)

 

鍵のかかったフェンスはすり抜けられそうもない……。

 

暗闇の中、目を凝らすと、そのフェンスの向こう側の床に、ポッカリと丸い……大きな井戸のような……そんな物がある。

 

薄暗がりなので、よく見えなかったのだが、周りのコンクリート建造物と比べて、それだけは格段に古そうなのだ。


(こんな所に……守られるように古井戸が……?気味が悪いな……。今度、懐中電灯を持って来てみよう)

 

と僕はそこを後にした。

 

後日、僕は懐中電灯を持ってその場所を訪れた。

 

人気のない交差点、田んぼの畦道、さすがに毎日、仕事で通う道のバイパスなので間違うはずもない。

 

それでもその場所を見つけられなかった。

 

記憶違いかと、範囲を広げて高架下沿いに探したが、やはりそんなものは存在しない。

 

記憶違いにしては具体的すぎる。上記の通り、僕はその場所の内部、落書きまで具体的にしっかりと覚えているのだ。

 

印象的な夢だったから、はっきりと覚えているのだろうか?だが『夢見峠』(同話参照)然り、『夢』は『夢』だと、起きてから認識できることが多い。

いつか書いた『マヨイガ』(同話参照)も、この現象の一部かも知れない……、あれは写メが残っていたが……。

 

 

ただこれを先刻の、郵便局のときに展開した上記の仮定に当てはめて考えてみると……、

 

僕はなぜ……何度もあんな奇妙な古井戸の夢を見て……、そして何度そこを訪れているのだ?

 

皆様も、ただの記憶違いと思っていることは、ひょっとしたらそうではなく、あなたはそれを経験しているのかも知れない……。

 

 

しかも何度も……。