塾に到着後、僕は翔太郎に連絡を取ろうと電話の受話器を取った。
僕はカミヤシキの正確な場所、または何か目印になるものはないかを聞くと同時に、翔太郎には何も起こっていないかを確認したかったのだ。短い呼び出し音の後、電話に出たのは翔太郎本人だった。
「もしもし、翔太郎か……。ちょっと聞きたいことがあってな」
と話を切り出すと
「え……。そっちにも何かあったんですか?」
と返ってきた。
「そっちにもって……。お前なんかあったんか?」
と聞き返した。
「はい、実は……」
彼が言いかけた時に塾の扉が開いた。
「お疲れ様です」
と、元気よく入って来たのは、これから授業のある同僚の講師だ。
(そうか、もうそんな時間か……)
「翔太郎!すまん。もう授業が始まる。後からっていうか、夜十時過ぎに電話しても迷惑じゃないか?」
と尋ねると
「はい。全然大丈夫です。でもちょっと長くなると思うんで、出来れば会って話したいんですが……。今日の夜、その位の時間に行っていいですか?」
と問い返された。
(こちらとしてもその方が都合がいい)
と考えた僕は
「ほな、すまんけど来てくれるか?」
と頼み、電話を切った。その日の授業終わりに翔太郎は暗く、疲れた顔をしてやって来た。また段と共に
「とりあえずこちらの用件としては、例のカミヤシキの場所を聞きたいと思ったんやけど……、そんな場合じゃなさそうやな。何があってん?」
「場所……?行くんですか?」
「ああ……。桔平の手掛かりが有るかも知れへんねん」
「どうしても行くんですか?行かない方がいいと思いますが……」
これは、翔太郎にもカミヤシキに関わる何かがあったに違いない、間接的にだが、彼にカミヤシキの話をしたのは他でもない僕なのだ。逃げる訳にはいかない。
「翔太郎。何かあったんやな。でもお前もそうやけど、桔平も俺を好いてくれるんだ。居なくなったなら探さないと。お前らにだけ怖い思いさせるわけにもいかんし。俺が行ってきっちり相手してくるわ」
と、少し虚勢を張って言った。
「いや、先生に責任はないです。行きたいって言ったのは僕やし、止められてもどうせ行ってたと思うし……。とりあえず何があったか聞いてもらえますか?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ……」
最近、連日にわたって翔太郎は妙な夢を見るという。夢の中で彼は小学生であり、西日の差す学校の教室に一人で座っている所からはじまる。
辺りには人影など全くなく、不気味さを感じ、逃げ出すように校門から出ようとすると、年の離れた姉が迎えに来てくれていた。
一人ぼっちで不安だった彼は姉を見つけて喜び、手を繋いで家路に着くのだが、その家は自分の知る家ではない。
場面は変わり、彼は大きな畳の部屋の縁側から、広大な庭を眺めている。
そこには自分よりも、もっと年下の子ども達の中に、一人だけ異様に痩せた背の高い大人が混じり、細長い木の下、皆で手を繋いで遊んでいる。
何の変哲もない平和な、まるで田舎の風景の一場面のように思えるのだが……、一つ奇怪なことがあった。
その遊んでいる子ども達は皆、体の一部分が欠けているか、変形していた。
ある子どもは手が鉤爪のようになっていた。またある子どもなどは首から上がなかった。
一見、恐ろしい光景ではあるが、夢の中の彼に恐怖はなかった。ふと背後に気配を感じて振り返ると姉がいた。彼は姉に質問する。
「なぜ、あの子達は体が足りないの?」
と。すると姉は笑って
「それはね……。あれは○○○○、心配しなくてもちゃんと迎えに行ってあげるよ」
と上品に笑う。そこで目が覚めるのだ。記憶に鮮明に残るその夢は、目覚めてからの方が恐ろしかった。
その夢には根本的な問題があった。彼には元々姉などいないのだ。
にも関わらず、彼は夢でその女を姉として認識している。
その姉を名乗る女は細身で、背が高く、膝まであるような長い髪の毛が後ろにまとめられ、一つに留められていた。
そして奇怪なことに、その女は顔が足りなかった……。
顔のあるべき場所は、空間ごと削り取られたかのように真っ黒で、そのない顔が笑うのだ。
その女が最後に言った言葉、夢の中では全て聞いたはずなのに、他のことは鮮明に覚えているのに、どうしても「○○○○」の部分を思い出せない。
しかしそれはとても恐ろしいことだったような気がする。
昼も夜も、学校の教室ですら、ウトウトするとそんな夢を見て起こされるのだ。
時計を見て計算すると夢を見ている時間は大体一時間ほど、つまり彼はここ最近、一時間以上のまとまった睡眠はとっていないということになる。
「そうか。その夢で見た家がカミヤシキだった……と」
と、僕が先走ると
「いや、敷地の広さとか、部屋の感じからして、たぶん違うっぽいんです」
(カミヤシキではない)
ここで僕が水を差した。
「ほな、それ……、カミヤシキとは関係のない、只の怖い夢かも知れないな。カミヤシキに関連している直接的な証拠みたいなものはないし……」
その意見について、少し考えてから翔太郎は
「暗示ってヤツですかね」
翔太郎はカミヤシキから帰る時に、妙な女を見たと言っていた、それが暗示の始まりである……と、自己分析した。
「あまり気にするな。明日、俺が行って何も起きなかったら暗示ってことにしとこう」
僕はそう言って話をまとめたが、どうにも何かが心に引っ掛かったままだった。