その翌日の月曜日と火曜日は、塾が休みだった。月で数えて五回目の曜日に塾は休みとなる。

 

疲れからか、指の傷のせいか、熱を出した僕には、本当にその休日が救いだった。

 

その日、塾に留守電が入った。塾に留守電が入れば、直後に僕の携帯にその内容が転送されるように設定されている。それは桔平が見つかったという簡単だが、喜ばしい報告だった。

 

その後、しばらくしてから桔平に確認したのだが、留守電が入った前日、つまり僕らがカミヤシキから帰った日に、彼は自分の足で自宅に帰ったらしい。

 

衣服は泥だらけ、その記憶も曖昧で、またどうやら失踪中には何も口にしていなかったらしく、軽い脱水症状で短期間の入院措置を取られることになった。

 

彼いわく、彼の失踪中の記憶ははっきりせず、自分がどこで何をしていたのかについても全く記憶にないと言う。

 

彼が覚えていることは、恐らく失踪の前夜、自室に真っ黒な奇怪な人影が、音もなく部屋のドアを開けて入ってきた所までだった。彼自身はそれを夢だと認識している。だが、彼は一つ気になることを言った。


「俺、塾長に会いに行きませんでした?なんか謝りに行ったような……。なんかそんな記憶があるような。ないような……」


 背筋がゾッとした。


(お前は夢の中で謝りに来たんだよ)


 とは伝えられなかったし、伝えようとも思わなかった。

 

僕はあの後、段、翔太郎へ噂が広がることを防ぐために、カミヤシキに関して『相手が知っている以上のことを伝えるな』と箝口令を強いた。だから翔太郎にも『カミヤシキには行ったが何もなかった。つまりお前が見たものも気のせいだ』を通した。

 

そう言えば翔太郎に関しても、僕らがカミヤシキから帰った日あたりから、あの妙な夢を見なくなったと言っていた。残っていた動画はあれからすぐに消去したらしい。

 

さて、箝口令を強いている中、僕を除いて最も詳しくこのカミヤシキ騒動を知る段だが、その後しばらくして僕らが見たもの、体験したことに関して、かなり面白い意見を持ってきた。

 

彼はどうしてもあの時、自分の見たものが信じられなかったようで、その後かなり考察したという。そしてある日、塾で


「わかりました!あの時、僕らに何が起こったのかわかりましたよ!」


 と、珍しく興奮した様子で僕にそう言った。あの時、僕らはカミヤシキの庭にかなり強い匂いを放つ白い花が何本も咲いていたのを見た。その花に関して、段が

 

「この花じゃないですか?」


と、僕にインターネットから印刷した花の画像を見せてきた。さすがに細部までは覚えていないが、確かに、それはあの花に似ていた。


「似てますね。たぶんこれなんじゃないかな」


「先生……、これね。チョウセンアサガオの花なんですよ。別名キチガイナスビ


「キチガイナスビ?変な名前やな」


「こいつはね、強い毒性があって中毒を起こすらしいです、幻覚性のしかもかなり強力で長期間続くらしいです。でもこれって経口性の毒なんですよ。あと生態的にもあんなに密生していたわりに、あそこ以外にはなさそうやったし……。で、僕が思いついたことは、あれはチョウセンアサガオの変種なんですよ。偶然か、故意に造られたかは知らないですが。つまり経口性ではなく吸飲性……鼻で花粉かなんかを吸飲するだけで幻覚症状が表れる。かなり強い匂いがして気分悪いって言ってたじゃないですか。まぁ、調べてないんで確証はないですが。なかなかいい線行ってると思いません?」


(なるほど……これなら全てが幻覚であることで話はつく)

 

現に僕らはあの幻覚、骸骨には直接的な傷を負わされたりはしていないのだから。だが、誰かが意図してあの場所でそれを栽培していたのならば、非常に恐ろしいことだ。


「いや、さすがやな。この仮説は面白いと思う」


 だが二人ともに同じものを見たことは、どう説明を付けるのだろう?


「それは誘導暗示です。たぶんそれが見えると、僕か先生が先に言って、後から二人目がそう思い込んでしまったんですよ」


「じゃあ、あのとき夜中にかかってきた電話と翔太郎の動画に残ってた映像は?」


「あれは正岡の作りです」


 と即答、ここで笑ってしまった。段も一緒に笑った。

 

だがさすが段だ。自身が体験したにも関わらず、この考察は理系的な、徹底した現実主義の考え方で筋も通っている。やっぱり頼りになる人だ。僕はそう思わざるを得なかった。


「まぁどっちゃでもいいよ。とりあえず全員無事やったことが何より」


「まぁ……そうですが……」


「話のネタにもなるし。カミヤシキって名前もなかなか……。さて、飯でも行くか?」


「はは、まぁ、そうっすね……。行きます」


 僕は敢えて一つ、彼の推理に穴があることを伝えることはしなかった。

 

今回のことがチョウセンアサガオの幻覚作用で起こったとするなら、どのようにして僕らは幻覚を振り切ったのだろう?そして彼はなぜ、あのとき「電話でなんと言ったか?」、とそんなことを口走ったのか?それも幻聴で、なんとかなった、と思い込んだから無事に終わったのだろうか?

 

僕は、段のような理論的な推理は出来ないが、僕なりのファンタジックな推理ならある。

 

実際、段には今回の件に関して二度救われている。一度はカミヤシキで、もう一つは僕の夢の中で……。夢の中で彼が言った言葉。

 

「カミヤシキに行ったら、とりあえず絵を消して下さい。大丈夫ですよ。いつも掃除とかお世話になってるんで


(掃除とか……世話になっている……?)

 

そして決定的なことはあの『シャン』という金属音だ。今考えれば、あれはあの六地蔵が持っている錫杖を鳴らす音ではないだろうか?

 

 

その週末に僕は六地蔵を参り、包帯だらけの手を合わせて会話をした。

 

(来てくれたんでしょ?ありがとうございました)

 

あらかじめ用意しておいた一升瓶の酒と、和菓子の詰め合わせを六つ、地蔵の前に備えて

 

「でも、次からはもう少し早く来て下さい」


と少し文句も交えて、六体と一人で酒を飲み笑った。

 

 

あの形代に関して、挟み込まれた映像のことなど、謎は数多く残ってはいるが、とりあえずこのようにして、この『カミヤシキ騒動』は幕を閉じた。

 

あの桔平も今は警察官になり、翔太郎は大学生、卒論に追われ忙しそうだが元気にやっている。

 

段も就職が決まり、今は横浜で造船関係の仕事に就き、エリートコースまっしぐらのようだ。

 

僕はといえば今日も塾で、子どもたちに勉強を教えた後、

 

「先生―。なんか怖い話ないん?」

 

「そやなー。うーん、カミヤシキって話はどう……?」

 

「聞くー。めっちゃ怖そう……」

 

と、相変わらず純粋な子どもたちを怖がらせて楽しんでいる。