その二日後、前述した『さがり女』に遭遇したと思われる生徒が、非常に興味深いことを言った。
「先生……なんか変な夢を見んねん。何回も……」
(夢……?)
「どんな……?」
「それがさ。学校の校庭で一人でいてさ、変な女の子が出てくんねん……。で、あんたは大丈夫ね!とか言われるんやけど……」
(これは『カナコ』の夢ではないのか!やはり『さがり女』と『カナコ』には関係性があるのか……?)
だが内容が決定的に僕のそれとは違っている。
「やけど……ってことは、まだ続きがあるのか……?」
急かす僕の言葉に彼は頷いて
「うん。御守りを持って来てって言われんねん」
「御守り……?御守りって俺が渡したあれ……か」
「いや、わからんけど……、それしか思いつかへん。でもさ……どうやって持って行ったらいいんやろ?ってかただの夢やけどな……」
と、彼は空笑いをする。
彼の反応から推測するに、彼は過去に名を馳せた都市伝説『さがり女』のことも『カナコ』のことも知らないようだ。その現状を踏まえ、彼にそれを知らせない方がよいと判断した僕は
「とりあえず、御守りを手に持ったまま、寝てみたら……」
などと、冗談めかして惚けることしか出来なかった。
そしてまたその数日後、彼の授業にて、彼は僕に驚くべき報告を持って来た。
「先生……。夢で御守り渡したらなくなった、はは……。手に持って寝たからどっかにいっただけかも知れんけど……」
(夢で……渡した…?)
「その日の……夢はどんなんやった?」
「……うん」
と、少し戸惑うような仕草を見せた彼だったが、ゆっくりと話してくれた……。
その日の彼の夢も、いつもと同じ校庭から始まる……。歩き始める彼は後ろから声を掛けられた。
振り向くと前回の夢で出会った女の子がそこに立っていた。
「ありがとう。御守り持って来てくれたのね。じゃあ……、ついて来て」
と彼女に促され、校舎の図工室へと誘われる。
「この机にでも置いといて」
と、言われるがまま、彼は御守りをそこに置く。
「ありがとう。あなたはあの人からもう一つ御守りをもらって。でも、もう持って来なくていいわ。あなたは門を出ても大丈夫だから、このままお家にお帰りなさい」
と言われ、目が覚めるのだ。
「起きてから御守り……探したのか……?」
「探したけど……やっぱりない。母さんにも聞いたんやけど、知らんって」
(夢で、御守りを持って来いと言われて、それを夢に持って行き、夢の中の相手に渡すと、それが現実でも消えていた……か。そう言えば……)
色々と不思議に思うことはあるが、何よりも僕にはどうしても確認したい、いや、確認すべきことがあった。
「あのさ、お前の行ってる小学校ってさ……」
と、僕は自分の夢に見た校庭、脇の校舎へと続く道、遊具、またその場所など、簡単な地図を描いて彼に確認した。
すると遊具の種類や校舎の位置関係など、全てが彼の小学校のそれと一致した。
言い換えれば、僕の夢に現れる小学校は、過去に『さがり女』と『カナコ』の都市伝説が囁かれた彼の小学校に間違いない。
僕は絶句した。
僕は、夢で、僕が知るはずのない現実の場所を見ている。
(そんなことが……あるのか……?)
僕は愕然としていたが、
「先生、俺の学校に来たことあるんや……」
と、キョトンとした風に尋ねてくる彼を見て、
(そうだ。それが通常の反応だ……)
と、僕も無理矢理に平静を装い、
「おい、これ……、持ってけ。もう一ついるんやろ……?」
と、鞄に入れてあった予備の御守りを彼に渡した。
「ありがとう。でも俺はもう持って行かなくてもいいのに、何でもう一つ御守りをもらわなあかんのやろ?」
と、首を傾げる彼の言葉は僕の耳に遠く聞こえていた……。
都市伝説『カナコ』。
まず現在において、都市伝説『さがり女』も『カナコ』も、その小学校に広まってはいない。
都市伝説のような奇妙な話に対して、常にアンテナを張っている僕の耳に、その小学校に通う近年の生徒から、これについて全く耳にしないことからして、明らかだろう。
広まってもいない過去の都市伝説『カナコ』が、それを知りもしない現在の生徒、またそれを知っていたが忘れていた僕に発現している。
そして知りもしない現実の場所が、僕の夢に発現していることから、これは自己暗示の類ではない可能性が高い。
だが、この都市伝説『カナコ』は過去のそれと比べ、内容が変化しているように思える。
この生徒にしろ、僕にしろ、『カナコ』と思わしき少女が夢に出てくるが、過去に報告があった『かくれんぼ』や『鬼ごっこ』と言った、いわゆる『子どもの遊び』を持ち掛けられたことは一度もないのだ。
(時と共に変わったのか?そう言えば……)
この都市伝説の最後は、皆が皆、彼女から逃げ切れて、その後に夢から覚めるといったものだった。
(この都市伝説の結末が、逃げ切れないというのなら、昨今のチープな映画チックなのに……)
そう、そうなのだ。もしも結末が、『この夢を見た者全てが逃げ切れずに殺される』であるならば、この夢を見た者は皆が既に死んでいるということなので、具体的内容の伝達手段がなく、この都市伝説が広まることはない。
見た者の内、『何人かは逃げ切れて、何人かは逃げ切れずに……』ならば、これは都市伝説として多大に広まるだろうが、その影で、生きているにしろ、死んでいるにしろ、逃げ切れなかった者がどうなったのかが必ずセットで語られる、それが都市伝説というものだ。
もしこの都市伝説が、上記二つに当てはまるものならば、僕は気にもしなかったのかも知れない。
(逃げ切れないじゃなくて逃げ切れる?逃げ切れるってのはどういうことなんだ?カナコはただ遊びたいだけなのか……?)
どうにもその辺が僕の頭に引っ掛かる。その答えが出ないまま僕は夜を迎えた。
(例の話を聞いた……今夜も僕は夢を見るのだろうか…?僕も……彼のように御守りを持って寝よう……)
と、鞄をまさぐったのだが見付からない。
(そうだ、あの時に予備の御守りまで彼に渡してしまったんだった。と、いうことは……僕は今、丸腰か……?)
そんな一抹の不安と共に、僕はその夜、床についた。
案の定、僕はまた夢を見た。
夕暮れの校庭、見覚えのあるような景色からそれは始まる。
だがそれは、いつものそれとは異なっていた。日の傾く夕空は、紅色ではなく黄色い、やけに黄色いのだ!
斜め射す黄色い太陽の光の中、僕はゆっくりと歩き始める。
夢の中の僕は、この夢と、今まで見てきた夢との違いを認識できてはいない。だがすぐに実感させられることとなる、この夢がいつものそれと異なっているということを……。
「お……い……。お前……」
僕は足を停める。歩く僕に後方から掛けられた声、その野太い声は……いつもの少女のそれとは似ても似つかなかった。
「へへ……へ……。やっと……」
その不気味な声に圧倒された僕は、ゆっくりと、声のした方を見る。
(何だ……?鉄棒……に何か絡まって……?)
鉄棒には、手提げ鞄ほどの大きさの、何か黒いごみ袋のような物が引っ掛かっているだけだ。
(何だ……?どこから声がした……?)
不意に声を掛けられ、驚いた僕は、どこから自分が呼ばれたのかを確認しようと周りを見回す。と、突然鉄棒に絡まる何かが不自然にグルンと一回転した。
「えへへ……へへ……へ……」
どうやらその声は、その鉄棒に乗るようにして留まった、真っ黒な物体から聞こえてくるようだ。僕はそれが何なのかを識別しようと、じっと目を凝らしてハッと息を飲む。
「……え……へへ……げへ……。迎えに……来たよ……」
上半身だけの人間……!その顔はブクブクと膨れ上がって腐り崩れ、生気のない白い顔、長期間に渡り手入れされていないのだろう真っ黒な長髪は、恐るべき白と黒のコントラストを演出していた。