「あそこにはねぇ……。ツジガンさんがいるから……気を付けなあかんよ……」

 

昔、僕の地元に、見通しもよく、週に三度は警察の交通課が立っていて、横断歩道もある。なのに、なぜか事故が多発する交差点があった。

 

歩道橋のせいで見通しが悪いと思われたのか、最近になって、それは撤去されたと聞いたが、その後も全く事故が減る気配はないようだ。

 

一ヶ月に一回は事故があり、ひどいときには週に一回以上のペースで事故が起きた。

 

そのような場所には当然のように、幽霊話が付きまとうものだ。「血塗れの……」などといった言葉と共に始められる月並みの都市伝説とは別に、一つ、僕の興味を惹く非常に奇妙な話があった。

 

 

中学生の頃の話だ。


「建物!?」


 学校の昼休み、忍び込んだ屋上で一緒に昼食を取っていた友人の下田にそう尋ねた。


「そう。月が曇ってる夜になんか、建物が現れるらしいぞ」


 どこで仕入れた話なのかはわからないが、囁くように下田はそう言った。


「確かに……あっこは事故ばっかり起こるけど、建物の……幽霊ってか?意味がわからんな」


 下田はふふっと鼻で笑い


「あの辺りの学校では有名な噂らしい。おい、今度、夜中に家抜け出してさ。見に行こうぜ」


 と僕を誘う。もちろん、常識のある僕は、深夜、隠れるように家を抜け出すなどということは


「へへ……わかった。建物の幽霊……か。面白そうやな」

 

できるはずもあった。

 

 

ある月のぼんやりとした夜に、下田と待ち合わせ、自転車でその交差点に向かった。誰一人いない夜中の道路は何か物悲しく、音もなく黄色点滅する信号機は、何故か不安を煽るものだった。


「何もないな」


「まだ来た所やんけ」


 と僕らは脇に自転車を停め、寂しい交差点の付近を探索し始めた。周りにはアスファルト、二車線の道路と、歩道橋、あとはその付近にある団地付属の小さな公園……というよりは庭ぐらいしかなかった。探索を終え、結局その場に一~二時間はいただろうか。何も起こらず飽きてきた僕は、もう帰ろうかと思い、


「おい、眠くなって来たし、そろそろ……」


 と言ったときだ。周りの雰囲気が……目に見えて変わった。

 

何が起こったのかと驚いて周りを見回し


「おい……」


 と下田を見る。どうやら黄色点滅だった信号の色が、赤点滅に変わったのだ。

 

少し離れた所で赤い光に照らされた下田も、それには気が付いたようで、キョロキョロと信号機を見ている。


 『ギコギコギシギシ……』


 遠くから、木でできた何かが軋むような音が響いた気がした。


「シッ……」


 と指を口元に当てて下田を制し、僕は音に集中しようと思ったが、それは……不意に始まった別の音に……阻まれた。音響信号機の音楽が鳴り始めたのだ。

体が硬直し、無言で二人顔を見合わせる。


 『とおりゃんせ』

 

横断歩道の信号が青になった時にかかる音楽だ。

 

だがありえない。横断歩道は押ボタン式で、僕らはそんな物を押してはいない。

 

もちろん、その場には僕ら以外には誰もいない。何よりもまず音響信号機の音楽は……深夜にも鳴るのだろうか?それに加えて


「なんかおかしくない……?これ……」


 そう、その音楽は何か変なのだ。普段、横断歩道で耳にする旋律よりも低く、不安を煽る不協和音のように聞こえるのだ。


「あれちゃうか……。事故で音が出る機械が壊れてしまったとか」


 下田は僕の現実的な意見には答えず


「おい……!隠れろ!」


 と焦ったように、僕を急かした。確かに、交差点に差し掛かる道の向こうから『とおりゃんせ』の音に混じって、先刻の不思議なギシギシという音が近付いて来ている。


「何か来るぞ!隠れろ!」


 下田の二度目の警告だ。

 

後から聞いた所、視力の良い下田の目には、道の向こうから巨大な何か、影のような物体が来るのが見えたらしい。


「隠れるって……、どこに!?」


 僕は公園のツツジの影を見たが、そこはその影の進路上であろう交差点から見通しが良すぎた。


「上に行くぞ!」


 言い終わらない内に下田は屈んだまま走り、歩道橋の階段を上る。

 

僕も下田に続き、歩道橋の上で、僕らは伏せの体制を取った。

 

その歩道橋は格子状のものではなく、両側が外からは見えない壁のようになっていて、ほんの下側十センチ程が開いているタイプの物だった。つまり伏せた僕らはその隙間から外を視認できる。


『ギシギシ……ギコギコ……』


 不吉な音と共に、道の向こうから来る巨大な何かは、僕の目にも見え始めた。

 

続く……