ある高校生の生徒から聞いた話だ。

 

その日、その生徒はUSJに行き、つい帰りが遅くなってしまい、深夜十一時半頃、最寄りの駅から、急ぎ自転車で帰路についていた。ふと、真っ暗で寂しい道の上に靴が一足、バラバラと道に散らばっていることに気がついた。

 

彼は別段それらを気にも止めなかったのだが、彼の家の近隣にまで来た時、追いかける形で前方に自転車をこぐ人影を確認した。

 

目を凝らして見ると、どうやらその自転車には後ろの荷台にも人がのっているようだ。

 

そこで違和感を感じた。

 

その荷台に乗っていると思しき人間は、定位置よりもかなり低い位置にいるように見える。

 

少しスピードを上げ、接近してよく見てみると、恐ろしいことがわかった。

 

その自転車をこいでいる主は、そのサドルに紐を結びつけ、そしてもう一方の端をその人間の首に巻き付けて引きずっていたのだ。

 

信じがたい光景に彼は一瞬、茫然とした……が、すぐにこれは、関わってはいけないものであると判断し、それを追い抜かないようにスピードを落とした。

 

だが、前方に走るこの奇怪な自転車は、全くの不意に停止してしまった。

 

スピードをかなり落としていたので、まだかなりの距離はあったが、彼が家に帰るには、どうしてもこの一本道を通らなければならない。

 

どうしようか、と考えていると、どうやら前方に停止した自転車の主は、引きずられていた方の人間の肩を両手で掴んで、なにやら言い争いを始めてしまったようだ。

 

(とりあえずスピードを上げて横を通り過ぎれば大丈夫だろう……)

 

そう考えた彼は、スピードを上げ、とにかく関わり合いにならないように通り過ぎることにした。

 

通り過ぎる瞬間、彼の横目に見えたものは、怒鳴り声をあげる厳つめの中年男性、そして、その中年男性に肩を掴まれ怒鳴られている『マネキン人形』だった。

 

「ね!?気持ち悪いでしょ?」

 

と高校二年生の彼は意気揚々と話してくれた。

 

(確かに気味が悪い。やはり暖かくなり始めの季節には、妙な人間が増えてくるようだ)

 

「ちょっと確認させてくれ。そのマネキンは服を着てたんやな?髪の毛はどんな感じやった?」

 

「服着てました!髪の毛は長かったと思います」

 

「うーん、なんか変やな。マネキン人形ってのは普通は裸で髪の毛もない。つまりそのおっさんは、わざわざマネキンに服を着せて、しかも靴まで履かせて、夜中に引きずり回してたってことか。しかも怒鳴ったり……」

 

「よくよく考えたら怖くなってきました。不気味ですよね。でもね、なんかね、それ以外にもどうにも気持ち悪い、僕の勘違いか、聞き違いみたいなんがあるんすよ」

 

「ん?」

 

「自転車で、横を通り過ぎるか迷ってたあの時、言い争いをしている、と思ったんですよ…」

 

「おっさんが怒鳴ってたからやろ?」

 

「いや、怒鳴ってた内容の中に、ごめんなさい許して下さいって言葉があったと思うんです。声は二人分あったような……」

 

「それ、ほんまにマネキンやったんよな?」

 

「人じゃないのは間違いないと思います」

 

実際、僕もそう思う。人の首にロープを付けて引きずり回すなんて、重量的にも自転車では不可能だ。

 

「じゃあ勘違いなんやろ。暖かくなれば変なんも出てくる。あまり深くかんがえたらあかん」

 

と言って、僕は話を切った。

 

 

詳しく知らない方がよい事もある。

 

調べない方がよいこともある。

 

彼がその不審者を見た辺りには、かなり昔、火事で焼失した廃アパートがあった。

 

その廃アパートが健在であった頃、その一室に複数のマネキンがあり、不思議なことに毎日、そのマネキンのある部屋が変わり、またそれらの服装も変わっていて、誰がいつ変えているのだろうと子どもたちの噂になっていた。

 

僕はその当時の子どもたちに

 

「誰が変えてるとしても、その本人と鉢合わせたら危険だから近付かないように」

 

と注意したことを覚えている。

 

一つ気になったのは、そこに行ったことのある、当時の生徒が見せてくれたマネキンのポーズ。

 

両腕を高く上に上げて右腕を肘から曲げて、逆さから見た4の字のようなポーズをしていたと言っていた。腕の可動部などを考慮に入れて考えてみたが、果たしてマネキンにそんなポーズがとれるのだろうか?

 

続く……