懲役2410年のシリアルキラー「ABC殺人鬼」憎悪の背景にあったものは…=南アフリカ
数ある国家の中でも、犯罪発生率で頭一つ抜きん出ている南アフリカ共和国。総人口は約5,000万人ほどと日本の半分以下にもかかわらず、1日50件前後の殺人事件が発生している。これは、もはや戦場地区レベルに匹敵し、国民は危険と隣り合わせで日々の生活を送っているのだ。
そんな南アフリカで、1990年代に黒人女性ばかりが次々と絞殺される連続殺人事件が発生した。いくら日本より犯罪が身近な国であっても、同じ手口で女性が殺されていく猟奇事件に、国中の注目が集まった。
警察の捜査線上に浮かび上がったのは、モーゼ・シトレという30代の黒人男性だ。普段の人柄は温厚で、子どもたちを虐待から救う人権団体の運営に携わっていた人物だった。まるでジキルとハイドのような二つの顔を持つシリアル・キラーは、どのようにして生まれたのか。
■最悪の環境で育ち、シリアル・キラーに
モーゼ・シトレは1964年に、南アフリカ最大の都市ヨハネスブルグ近郊のヴォスルーラスで誕生した。当時は、人種隔離政策のアパルトヘイトが実施されていたため、彼の育った家庭も、周辺の地域もすべてが貧しかった。
だが、モーゼの身に降りかかった問題は貧しさだけではなかった。彼が5歳の時に父親が死亡。そして、直後に母親はわが子の育児を放棄して、姿を消した。モーゼと兄弟は、孤児院で3年間暮らすことになるのだが、そこで壮絶な虐待を受ける。アパルトヘイト時代の南アフリカでは、貧しい黒人の人権は皆無に等しい上、守ってくれる親もいないモーゼは、地獄のような日々に耐えながら、幼い胸の内に怒りを貯めこんでいった。
いびつな環境で育ったモーゼは、10代になると異常な性欲を持て余すようになり、抑えが効かなくなると、言葉巧みに女性を誘い出しては強姦した。だが、事件はすぐ明るみになり、その結果、モーゼは青春時代の大半を刑務所の中で過ごすこととなった。
7年の刑期を経て出所したモーゼは、荒んだ環境の中で、虐待されている子どもたちを保護する人権団体の運営に携わる。だが、これは彼が刑務所の中で心を入れ替えたからではなかった。モーゼは、弱きを助ける人格者を演じながら、女性を強姦し、殺害し始めたのである。
■南アフリカを震撼させたモーゼ
最初の殺人は1994年、アッテリッジヴィル(Atteridgeville)という街で発生し、その後、ボックスバーグ(Boksburg)、クリーブランド(Cleveland)と死体を遺棄する現場が変わっていった。このことから、一連の殺人死体遺棄事件の犯人は、街の名前の頭文字をとって「ABC殺人鬼」と呼ばれ、大きく報道された。
事件の被害者は一様に、自らの下着で首を絞められ絞殺されていた。犯人のモーゼは、決まって死体へ「BITCH(クソ女)」と書き残してから捨てた。ここまで女性に対して激しい恨みを持つのは、自分を捨てて逃げた母親への、失望と怒りが幼いころに深く刻み込まれたからだ。
当時、南アフリカの大統領だったネルソン・マンデラは、この連続殺人に動揺する人たちを励ますため、ボックスバーグの街を訪れた。それほどに、モーゼの一連の犯行は、大きな注目を集めていたのだ。
1995年8月、事件を調べていた捜査官たちは、被害者の傾向などから、モーゼが犯人ではないかと、疑いの目を向けていた。だが、自分が疑われていると察知したモーゼは、すぐに行方をくらませてしまう。
1995年10月、逃避行を続けていたモーゼは、大胆な行動に出る。南アフリカの著名ジャーナリスト、タムセン・デ・ビーアに自ら電話をかけ、接触を図ったのだ。そして、自分は、今、巷を騒がせている殺人犯だと名乗った。
モーゼは、一連の連続殺人について10代の頃に自分を7年間も刑務所へ閉じ込めた司法への復讐であり、責められるべきなのは自分ではなく国家なのだと、あまりにも無責任な言い訳を語った。そして、自分が真犯人である証拠として、まだ警察が発見していない死体の在り処を、ビーアへ告げた。
地元当局は逃げたモーゼの行方を追い、遂に、ヨハネスブルグへ潜伏している事実をつかむ。警官に囲まれ追い詰められたモーゼは、近くにあったナタで襲いかかり抵抗を試みたが、ピストルで応戦した警官に3発打たれ、瀕死の状態で逮捕された。病院で一命を取り留めたモーゼだったが、HIVに感染していたことも明らかになった。
■懲役2410年のサイコパス
モーゼと親しかった人たちは、彼が大量殺人犯として捕まった際、一様に驚いた。普段の彼は人柄も良く、およそ犯罪を犯すような人間には見えなかったからだ。だが、モーゼは自分の本心を隠し、魅力的な人物を演じることに長けていたのだ。これはサイコパスの特徴でもある。
どの被害者女性も、モーゼの団体が主催するチャリティイベントで、彼から声をかけられ、すっかり心を許し家に招かれた後に、殺害された。人権団体の職員がまさかシリアル・キラーだとは、誰も考えなかったのだ。
南アフリカを騒然とさせたシリアル・キラー、モーゼ・シトレは、38件の殺人と40件の強姦、6件の強盗で起訴された。裁判の結果、モーゼには懲役2410年が言い渡された。その内訳は、強姦1件につき懲役12年、殺人1件につき懲役50年、強盗1件につき懲役5年、その合計が懲役2410年というわけだ。少なくともモーゼには、930年間仮釈放が認められないため、もはや生きて刑務所から出られない。
「俺は黒人女がマジでムカつくんだ。メス豚への怒りが止められなかったんだよ。これは、もう一度生まれ変わっても変わらないぜ」
逮捕後、モーゼは一切反省の色を見せていない。現在、プレトリア中央刑務所の中で、最もセキュリティの高い独房に収監されている連続殺人犯は、ただただ命が尽きる日が来るのを待っている。
(文=狐月ロボ)
参考リンク:「Health Psychology Consultancy」、ほか
※当記事は2016年の記事を再編集して掲載しています。
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