廃ガソリンスタンド-528
 廃墟ガソリンスタンド裏手、閉ざされた向こう側に、およそ数十年もの長きに渡って封印され続けていた、廃屋とダットサン。

 封印といっても、流れでそうなってしまっただけで、数十年間もの間、訪れてみようと興味を持ったのが、物好きな僕だけであった、というのが本当のところなのであろう。

 廃屋に今にでも飛び込んで行ってやろうかという、はやる気持ちを押さえて、ここはひとまず慎重に、肩の力を抜き一呼吸置いてから、ダットサンの車内を検証してみることにした。車好きのご主人なら、このような事態に至ってしまった理由を何か、車内に残しているのではないだろうかと、僕は考えたのである    



廃ガソリンスタンド-527
 廃屋の壁伝いに歩いて行くと、僕の腰ぐらいまで草が生い茂っている草叢があった。倒木もあれば、地面の一部は陥没していたりする。

 草叢のある土地は隣接する家の庭の壁によって四方がそれぞれ囲われて区切られているといった具合。この家から境界線を主張している強い意志は感じられない。

 つまり、この家が建てられた当時は周囲に家もなくのんびりと一軒の家が佇むだけであったが、次第に周辺に家が立ち並んでゆき、ここの家主の所有する土地部分が視覚化されていったと。ではなんのための空間なのかと考えてみたが、なんのことはない、庭だったのだろう。あまりにも荒廃していてイメージが結びつかなかったが、草の手入れさえしていれば、さぞかし立派な、子供や子犬が一年中元気に飛び回っていそうな庭であったのだ。

 ゆとりのある庭。モダンな作りの家。複数の高級乗用車。

 ますます、裕福な暮らしをしていたであろうことが裏付けられていく。

 であったなら、息子や娘、孫がこの状況をなんとかしてやれなかったとも思うが、独身を貫き通したか、もしくは、子供がいなかったの、どちらかであるのか。 



廃ガソリンスタンド-419
 横たわる、ホイール付きタイヤ。

 見覚えのあるマークが中央に。



廃ガソリンスタンド-417
 BMWだ。

 盗まれないように、表にあったBMWから外しておいたのか。スペアタイヤなのか。

 スポークから突き出た幹。

 タイヤを地面に固定するために、ご主人が伸びていた木を手頃な長さにカットしてスポークに通したか、タイヤを置いていたら勝手に地面から木がニョキニョキ伸びてきて、スポークの間から顔を出したか。しばらくその場で考え込み、前者に結論が出かかるも、スポークの間隔が狭くて幹がめり込んでいるようにも見えなくはないこともあり、結局、結論はには至らず。



廃ガソリンスタンド-537
 ダットサンのリヤテールには「ブルーバード」のエンブレム。



廃ガソリンスタンド-538
 ご主人以外に、初となる数十年ぶりの御開帳となるであろうことは間違いなかった。

 車のドアノブは固かったが動くには動いた。ドアを開こうとするとスンとは言うが、開くまでには至らない。少しの自由はあるので、ロックがされていないことは確実。

 ドアノブを引いたまま身動きしないドアを解きほぐすように押したり引いたりを繰り返す。

 ギシギシという金属の撓む音が結構な耳障りな音で周囲に響き渡るので、あまり強くはできない。ギシギシ音と周囲の生活音が混ざり合い、生活音に打ち負けるぐらいの音量がバレない加減であるので、微妙な塩梅を保ちながらドアを揺すり動かし、固着を段階的にほぐしていく。



廃ガソリンスタンド-529
 タイムカプセルの中の昭和の滞留していた空気が、一気に押し出されて来た。特にこれといった臭いは無かったが。

 こうも車内に荷物が散乱している理由はなんなのだろうか。

 運転席のシートには花瓶。



廃ガソリンスタンド-533
 ガソリンスタンドのご主人が若葉マークだった!? いいや、御夫人か、売り物か、どちらかだろう。

 写真の車はエンブレムを見てフォルクスワーゲンの「ゴルフ」かなと思うものの、個人的に見たことが無いぐらいの古そうな車種。



廃ガソリンスタンド-536
 インパネには丸形のシンプルなアナログメーターが整然と並ぶ。

 ODOメーターは、こんな旧車ながらたったの56316km。ご主人が天に召された時から刻まれていないとしたらそれも当たり前か。



廃ガソリンスタンド-531
 後部座席に、愛息子のか、孫のであるのか、プラレール亜種のセットが。

 アメリカ「プレイ・スクール社提携」とあるので、こっちが本家なのかもしれない。

 これで育った息子さん、お孫さん、お爺様は大事に、保管されてくれていますよ。読んでいたら、どうか、一刻も早く、駆けつけてあげて下さい!!

 セットの蓋を開けるのは、お爺様と息子孫達の思い出を踏みにじるような気もしないではなかったが、日本のどこかにいるであろう関係者の目をこちらに向けるためにも、やむ無しだろうと、心苦しいながらも、控えめに、そっと開けてみることにした。



廃ガソリンスタンド-532
 寸分違わず、プラレールであった。この時代の日本製品のパクリオンパレードは今の中国のことをとてもじゃないが笑えないので、特にこれを前にして驚くようなことはなかった。

※とみやま商事はトミーの前身の会社だということです。鉄チン様、ご情報ありがとうございます。

 あなたの幼少の頃の思い出、ダットサン・ブルーバードの車内に、眠っていました    



廃ガソリンスタンド-535
 何がガソリンスタンド・オーナ主人の身に降り掛かったのか。

 おもちゃに鍋にカバンまで。



廃ガソリンスタンド-534
 昭和57年は1982年。

 高速道路などの料金表。

 ETCのような便利な製品の登場を、この時代の何人の人が予測できただろうか。そんな僕は、一回自分で取り付けたら、ものの数年で壊れてしまい、以来、ETC未搭載で走ってます。

 車内で一応の手応えを得た僕は、満足感とともに車外へ出ることにした。手順は踏んだ。次に行くべき場所に行く時が来たのだと。

 気がかりだったのは、車同様、そう容易く玄関から入れるだろうかということ。

 施錠されてやしないだろうか。

 その前に、玄関の前には、大きな木製の昔ながらの茶箱が扉の前に立ち塞がるように置かれていた。

 茶箱の蓋を開けてみることに    

 


つづく…


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