試乗レポート

アバルトがチューンアップした「595」シリーズを一気乗り!!

「ピスタ」「ツーリズモ」「コンペティツィオーネ」

河村康彦がアバルト595シリーズを乗り比べ

 マイクロコンパクトと表現をしたい3mに満たない長さと、材料削減と軽量化への挑戦を連想させられる強く丸みを帯びたプロポーションを持ったボディの採用。加えて、いずれもパワーパックをボディ後端にひとまとめとしたRRのレイアウトを備えたことなどから、かつて日本の路上を席巻したスバル「360」との共通性を思わずイメージさせられるのが、奇しくもタイミングも同様でのデビューを果たしたフィアットの2代目「500」というモデル。

 その愛らしいスタイリングをモチーフに、2代目「パンダ」と共通のFFレイアウトを基としたメカニカル・コンポーネンツを用いて、2代目500の生産終了から30年という時を経て2007年に蘇ったのが今へと続く3代目のモデルだ。

 ここに紹介の「595」シリーズはそんな3代目500をベースとしながら、モータースポーツへの参戦やそのノウハウを生かしたチューニング・パーツの販売、さらにはコンプリートカーの開発など1949年の設立以来フィアットと密接な関係を築いてきたアバルトがチューンアップを手掛けたハイパフォーマンス・バージョンだ。

 145PSを発するエンジンを搭載するベースの595に加え、165PSのエンジンを積んだ「595 Turismo(ツーリズモ)」とそのオープントップ・バージョンである「595C ツーリズモ」。さらには、同じ1.4リッターの排気量ながら180PSもの最高出力を叩き出す心臓を搭載する「595 Competizione(コンペティツィオーネ)」まで、元来の500が備える高い実用性に加え、見た目や走りの点で強い個性をアピールしながら幅広い選択肢が用意をされていることも、595シリーズならではと言える魅力の1つになっている。

3つの顔の595を乗り比べ

 そんなシリーズの中から今回は、165PSエンジンを搭載の595C ツーリズモと「595C Pista(ピスタ)」、そして180PSエンジンを搭載する595 コンペティツィオーネの3台をテストドライブした。

 ちなみに、ピスタは240台が販売される限定モデルで、通常は設定のないブルーのボディにリップスポイラーやブレーキキャリパー、ドアミラーカバーやリアのディフューザーにイエローのアクセントカラーがあしらわれた刺激的でお洒落なルックスに、フルオートエアコンやマットブラック仕上げのアルミホイールなどを標準採用することが特徴。

 そんなピスタとツーリズモの今回のテスト車は、共に電動スライディング式のソフトトップを備え、車名中に「C」の記号が与えられたカブリオレ・ボディの持ち主。ただし、トランスミッションは、前者が通常のMTで後者が「ATモード付5速シーケンシャル」と表記をされる2ペダル式MT仕様と2タイプに分かれることに。

 前述のように、いずれも165PSエンジンを搭載するこの2つのグレードは、205/40R17サイズのタイヤやリアにコニ製ダンパーを用いたサスペンションを採用するなど、心臓以外のランニング・コンポーネンツは基本的に共通。

 結果として「トランスミッションの違いによる走りのテイストを検証」というカタチとなったが、そんな比較チェックはなかなか興味深い走りの味の差を教えてくれることともなった。

595C ピスタ
5月16日に限定モデルとして発売された595C ピスタ。ピスタとはイタリア語で“レーストラック”の意
「Blu Podio」(ブルーポディオ)のボディカラーにイエローのアクセントが特徴。さらにカブリオレモデルには通常設定のないMTを選ぶことができる
リップ部にイエローのアクセントが加えられたフロントバンパー
専用17インチアルミホイールに組み合わされるのはミシュラン パイロットスポーツ3でサイズは205/40R17
イエローのブレーキキャリパーとドリルドローター
リアフェンダーにアバルトのエンブレム
リアバンパーにもイエローのアクセント。マフラーはパイプエンドが左右4本出しのレコードモンツァ
Pistaエンブレム
インパネ
スポーティな雰囲気のシートデザイン
ブーストメーター。スポーツモードを選ぶと「SPORT」の文字が表われる
スポーツモードのセレクトスイッチ
メーターの表示もスポーツモード(左)とノーマルモード(右)で切り替わる
試乗車のピスタは3ペダルの5速MT。通常の595Cでは選べない限定車ならではのモデル
標準の595C比で20PS増となる最高出力165PSの1.4リッターターボエンジンを搭載
595C ツーリズモ
595C ツーリズモ
試乗車は2019年4月~12月に生産された70周年記念限定エンブレム装着車
フロントバンパー
サイドダクトの中にはインタークーラーが収まる
17インチホイールと組み合わせられるのはピレリ P Zero Neroでサイズは205/40R17
70周年記念限定エンブレム
リアバンパー。テールパイプは左右2本出し
595 ツーリズモのバッヂ
インパネ
ヘッドレスト一体型のシート
2名分のリアシート
オーディオ/ハンズフリーコントローラー付ステアリングにはシフトパドルがつく
シフトセレクターはボタン式
オートモード付きの2ペダルMT
ハンドレバー式のサイドブレーキ
トランク。後席は5:5の分割可倒式
エンジンはピスタと同様で1.4リッター直列4気筒ターボエンジン、最高出力121kw(165PS)/5500rpm、最大トルク210Nm(21.4kgfm)/2000rpmを発生

5速MTとATモード付き2ペダルMT、走りが楽しめたのは……

 ピスタ/ツーリズモで共通の1.4リッターターボ付きエンジンの出力スペックは、トランスミッションの違いには影響されることなく同一の値。165PSの最高出力は5500rpmで得られ、210Nmの最大トルク値を発生するのは2000rpm。ただし、ダッシュボード上のスイッチ操作でスポーツモードを選択すると、最大トルク値は230Nm/2250rpmまで上昇するという、いわゆるオーバーブーストの機能を備えている。

3ペダルの5速MTである595C ピスタ

 結論を言ってしまえば、そんなエンジンとトランスミッションの組み合わせで、よりスポーティで好感を抱くことができたのは実は2ペダル式トランスミッションを装備するツーリズモの方だった。

カタログモデルの595C ツーリズモは2ペダルの5SMTのみが設定

 前述スペックが示す通り、この心臓は特に高回転に強いタイプではない一方、同時に2000rpmを下まわるとトルク感もめっきり痩せてしまうという特性の持ち主。かくして、そんな比較的狭いトルクバンドをキープするためには、オートモードで用いていれば自動的にトルクバンド内を狙った制御を行なってくれる2ペダル式の方が、全般に都合よく感じられることになったのだ。

「あっ、これはちょっとトルクバンドを外したかな」と感じたシーンでも、2ペダル式であれば指先のパドル操作1つでよりイージーに素早く“補正”が可能であることもメリットの1つ。個人的には「MT派」を自認しつつも、今回ばかりは「595は2ペダルの方がよいかな」というのが実感だったのだ。

トルクバンドを有効に使える2ペダルの相性がいい

 実は、トランスミッションのギヤ比も完全に同一ではなく、1速2速間のステップ比は2ペダル仕様の方がクロスした設定。これもあって、トルクバンドをキープするにはなおのこと「2ペダル仕様の方が有利」と、そう感じられることにもなった。

 もちろん、通常のMT仕様には「ダッシュボードから短く生えたシフトレバーを操作すると同時に、クラッチワークの楽しみがある」と、それも確かに事実ではあるもの。が、そんなマニュアル操作自体を楽しみの1つと考えるのであればなおのこと、ギアボックスはぜひとも6速化してほしかったと思うことになった。

ぜひ6速MT化してほしいと感じた3ペダルMT

595の中でも抜きん出たコンペティツィオーネ

 一方、595シリーズの中にあっても「これは特別」と思えたのが、その名もコンペティツィオーネといかにも“やる気”を感じさせられるグレード名の持ち主だ。専用チューンが施された心臓は、180PSを発揮。通常時は230Nm、スポーツモード選択時は250Nmという最大トルク値も、シリーズ内では圧倒的だ。

595 コンペティツィオーネ
595 コンペティツィオーネ。今回試乗した中で唯一のメタルトップ仕様
コンペティツィオーネは595シリーズの中でもエンジンやブレーキなどが強化された高性能バージョン
フロントバンパー。エンブレムのまわりの架飾がブラックアウトされているのが特徴
専用デザインの17インチアルミホイール、ブレーキはブレンボ製4ピストンキャリパーを装備する
ルーフの開かないメタルトップモデル
595のエンブレム。ドアハンドルもブラックになる
リアバンパー。テールパイプは左右4本出しのレコードモンツァ
595 コンペティツィオーネのバッヂ
カーボンの架飾が加えられたレザーとアルカンターラのステアリング
5速MTのシフト
3ペダルMTとなる
サベルト製のスポーツシート
シートはカーボンシェルのバケットタイプだ
エンジンは最高出力132kW(180PS)/5500rpm、最大トルク230Nm(23.5kgfm)/2000rpmまで強化される

 このモデルの格別ぶりは、すでにアイドリングの場面からも連想をさせられる。本格的デザインのディフューザーを挟んで、その左右から4本出しをされたテールパイプからは、ハイパフォーマンスエキゾーストシステム「レコードモンツァ」によって調音がなされた、1.4リッターという小排気量らしからぬなんともレーシーなサウンドが吐き出されるからだ。

官能的なサウンドを響かせる595 コンペティツィオーネ

 テスト車のトランスミッションは5速MTだった。とはいえ、そこは1120kgに過ぎない重量と180PSエンジンという組み合わせで、ウエイト/パワーレシオはわずかに6.2kg/PS。サベルト製のヘッドレスト一体型バケットシートへと身を委ね、アクセルヘダルを深く踏み込むと、“際立つ速さ”を提供してくれたことは言うまでもない。ダッシュボード上部に「これ見よがし」にレイアウトされたブーストメーターの針が激しく右に振られると同時に、コンパクトなボディは弾けるように速度を増して行く。

 締め上げられたサスペンションがもたらす乗り味は、潔いハードさという印象。そんな乗り味と共に提供されるのが、「これぞまさにゴーカート」という、ダイレクトなハンドリング感覚だ。

コンパクトなボディだからこそ味わえる楽しさがある

 いずれにせよ、今となっては「極端なまでにコンパクト」な595のボディのサイズは、ちょっと山岳地帯へと踏み込めば、タイトなワインディングロードが無数に待ち構える日本では大きなメリットの1つ。全幅が1.9mに達するようなハイパフォーマンスカーでは、自身のレーンをはみ出さないように走るのが精一杯といったシーンでも、より理想的な”アウト・イン・アウト”のコース取りを楽しめたりもしてしまう。

メタルトップボディならではの高い剛性感と締め上げられたサスペンションによってまるでゴーカートのようなダイレクトなハンドリングが楽しめる

 595が、まだ「アバルト500」を名乗っていた時代からの、時が流れても飽きられることのないこのモデルの人気の秘密は、こうして「見ても乗っても」得も言われぬ楽しさを味わわせてくれる点にこそあると納得なのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/