日下部保雄の悠悠閑閑

スバル宇宙航空機カンパニー 南工場を訪問しました

手前から新型レヴォーグ、右はベル 412、左はエアロスバル。今も現役で海外では愛好者が多いという

 スバル新型「レヴォーグ」の試乗会の一環で、スバル航空宇宙カンパニー宇都宮製作所 南工場の一部を訪問した。

 スバルはグローバルで通用する誇れる名前だと思う。ただ航空機になるとスバルより富士重工の方がしっくりくる。メーカー側のプレゼンでもちょっと言いにくそうだった。「あ、自分だけじゃなかったのね!」ちょっと微笑ましい。そのうち飛行機でもスバルという響きがなじみ、その頃にはさらに航空機メーカーと成長していることを願う。

スバル航空宇宙カンパニー 南工場

 そういえばその昔、ラリー仲間では富士重工を短縮し敬意をこめて「まるフ」と言っていた時代があったのを思い出した。自分にとってはライバル車だったレオーネの時代だった。

 さて最初に入った棟はP1などの翼の組み立て行程が行なわれており、左手には巨大で厚みのある主翼が治具に治まっていた。作業員が高い台の上で組み付け作業を行なっている。どうやらP1の主翼のようだ。

 ちょっと話はずれるが自動車の生産ラインと違って、飛行機は固定されたパーツに作業員数名で静かに作業が進行していく。

 先日のGRヤリスでは、作業員のタスクタイムは9分で数行程をこなすとの説明があった。通常の量産ラインでは1人のタスクタイムは1分で1工程をこなすので、ミスなく均一な製品が生産される。一方、GRヤリスはレーシングカーの組み立て作業を参考にして作られたラインで特殊なクルマを生産することに特化している。

 大量生産される自動車とワンオフに近い航空機では比べるまでもないが、その差が興味深かった。

 さて、この地は中島飛行機時代に陸軍の4式戦闘機「疾風」を生産していた工場でもある。当時は反対側にあった棟で組み立てられた機体をこちらの棟まで牛車で運んでいたという。その牛車が通っていた道路は今は従業員の駐車場となっていた。デリケートなエンジンであまり活躍できなかったが、陸軍最高の戦闘機が牛で運ばれていたのを想像することは難しい。

 ちなみに牛車は戦争中の航空機工場では必需品で、ゼロ戦も一時、効率化のためにトラックで運んだことがあるそうだが、到着してみると途中の悪路で機体が損傷するなどしていて、再びユックリと運べる牛車に戻したという。最新鋭の戦闘機と牛車、なんとも牧歌的な光景だ。

 さて、航空機は翼の中に大容量の燃料タンクを持っているが、意外なことに桁の間を利用して設けられて燃料タンクとは思えない。どこにあるのか言われなければ分からなかった。軍用機ではないので防弾被膜やレーシングカーのような安全燃料タンクでもなかったのは少し驚いた。平和な時代、考えてみれば当たり前なのかもしれないが昔の海軍機のようでちょっと意外だ。

 続いてメンテナンス棟に移動する。見学した棟はヘリコプターのメンテナンスをする行程で、定期整備やいわゆる車検にあたる整備をするヘリが入っている。先ほどの翼を作っている棟よりも作業員はいるが、それでも慌ただしい雰囲気はなくテキパキと作業が進んでいる。時おり数人で打ち合わせをしてるのが自動車のメンテ工場とは違って新鮮だ。

 並んでいたのはほとんどが消防や警察などのヘリコプターで民間機はわずか。中には自衛隊機もあったが、撮影は禁止だったために残念ながらお見せできない。多目的ヘリコプターの「ベル 412」と自衛隊仕様の「UH-1」は世界中で使われており、救難救助や人員輸送などに活躍している。

 ちなみにヘリに搭載されるエンジンは単発仕様と双発仕様が選べ、官庁では安全面を重視してコストはかかるが双発仕様が標準になっている。世界ではコストの安い単発型が多いと説明があったが、民間で使われることが多いのだろう。

 重整備に入ってくるヘリはエンジンを外してバラバラにされて、決められた部品を交換して再度出荷される。多数のカラフルな機体が並んでいるのは見ているだけで楽しい。

 このベル 412型の後継機、SUBARU BELL 412EPXが正式発注されたのは今年のことだ。EPXはスバルとベルの共同開発で生産はすべてスバルで行なわれる。自社開発に近く、今後のスバル航空宇宙カンパニーにとって大きなステップボードになるに違いない。陸上自衛隊用は「UH-2」と呼ばれるようだ。

LeonardとBellの認証工場であることを示すボード。Leonardは以前はAgustaと言っていた。イタリアの名門バイクメーカーと関係あるのかな

 その陸上自衛隊機がメンテを受けているエリアでは獰猛な対戦車ヘリ、AH-1Sが多数メンテ中だった。

 被弾を防ぐためにタンデム2座のコクピットは細く作られ、前席が武器などのオペレーター、後席はパイロットが座る。以前、富士の裾野をラリー車で走っていたら丘の向こうからこいつがヌッと現れ、ずーっと機首を向けられたことがある。ゾッとして全開でその場を離れたのは言うまでもない。

 最新のヘリや哨戒機には詳しくないのだが、素人なりに興味深い内容ばかりだった。なかなか得難い工場見学だ。

ベル 412のコクピット。たくさんのメーターが並んで目が回るが、正面のT字型に並んだいくつかのメーターがパイロットが主に見るメーター。これはどんな機体でも同じという

 この後、新型レヴォーグで宇都宮から軽井沢までのロングドライブも心ウキウキでした。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。