試乗レポート

86レースチャンピオン橋本洋平が「シビック TYPE R リミテッドエディション」を鈴鹿で試乗

2019年の「86/BRZ Race クラブマンEX」シリーズチャンピオンが感じた乗り味とは

鈴鹿サーキットで行なわれた「シビック TYPE R リミテッドエディション」試乗会

 現行「シビック TYPE R」が事実上のファイナルバージョンを11月30日より発売する。それが「リミテッドエディション」だ。英国工場の閉鎖に伴い、現行型を生産できるのはごくわずかの期間しかない段階での発表ということもあり、マニアの間ではこれがファイナルであることは周知の事実だったようで、11月23日に最後の10台の抽選が行なわれ、日本に割り当てられた200台はすべて完売。ベースモデルもすでに受注を打ち切ってしまったようだ。

 そんなわけでもう買えないクルマの試乗記を書くという異例の事態となってしまったが、今回の鈴鹿サーキットの試乗会は、本来であれば春先に行なう予定だったものがコロナ禍の影響でこのタイミングまでズレ込んでしまった。残念ではあるが、最後を噛みしめるようにじっくりと乗ってみたいと思う。

リミテッドエディションに乗れるのは、これが最初で最後になるかも……

 鈴鹿で出迎えてくれた「リミテッドエディション」は、サンライトイエローIIの専用エクステリアカラーがとても鮮やか。かつてのTYPE Rにあった世界感が復活したかのようである。さらにルーフ、ドアミラー、ボンネットインテークをブラックとしたことで、イエローが際立つように映る。エンブレムもダーククロームに改めるなど、特別な1台であることは一見して理解できる仕上がりがある。また、インテリアにはシリアルナンバー入りのアルミ製エンブレムが備えられる。世界限定1000台、日本限定200台という有難みを常に感じられる仕上がりがニクイ。

 だが、もちろんそれだけでは終わらない。「リミテッドエディション」はベースモデルよりもおよそ75万円高の550万円というプライスタグ。鈴鹿最速のFFを目指して改良された内容は、本気も本気といえるほどマニアックな内容ばかりだ。まず、軽量化に対する取り組みが行なわれ、主に防音材を排除したところが特徴的。ダッシュボードアウター、フロントフェンダーエンクロージャー、ルーフライニング、リアインサイドパネルにあった防音材を廃止。これにより13kgも軽量化できたという。

 さらにBBS社製の鍛造ホイールを奢ることで-10kgとし、力の伝達効率を上げる形状なども吟味している。リムの厚みは従来比で-25%にもなるそうだ。ちなみにハブとの接地面形状でよいものが見つかったため、デザイン上では変わらないベースモデルのホイール裏側も改められているそうだ。こうして合計で23kgの軽量化を実現。さらに専用タイヤであるミシュラン PILOT SPORT CUP 2が奢られ、それに合わせたダンパーチューニングも行なわれている。

左がベースモデル用の鋳造ホイールで光沢があるタイプ。右がリミテッドエディション用のBBS製鍛造ホイールで光沢のないタイプ。改良に改良を重ねて1本10.79kgまで突き詰めている

 ここまでが「リミテッドエディション」の専用となるが、実はベースモデルも今回のマイナーチェンジで進化を果たしている。2017年の登場以来、ユーザーから出ていた要望に真摯に応えたものだ。その内容は主に冷却系にある。前期モデルはTYPE Rのエンブレムを掲げながらも、タイムアタックを行なうと水温がすぐに上昇してしまい、パワーダウンに繋がっていた。

 それを解消しようと、改められたバンパーは開口面積を従来比で+13%、ラジエター冷却フィンピッチも3.0mmから2.5mmへと縮小することで、フィン表面面積を拡大している。これによりサーキット走行テストでは最高水温差を10℃も落とすことに成功している。

バンパー下部に見えるのが剛性が高められたというエアスポイラー

 この改良によってダウンする部分がある。それはグリル開口部拡大によってダウンフォースが減少してしまうのだ。それを補うためにフロントバンパー下部にあるエアスポイラーの剛性や形状を見直している。倒れ込みを防止するために付け根の肉厚を増加。また、ロールした際に地面と平行になるように両サイドを下側に楕円に伸ばしている。さらにサイドにはリブを追加することで後方への風の回り込みを抑制。隅々まで計算し尽された形状がそこにある。

 加えてブレーキローターも1ピースから2ピースへと変更。従来品はローター面が熱によって外側に倒れ込む量が大きく、サーキットで使うとすぐにジャダーが出てしまうことが多かった。チューニングカーのテストで何度かそれを使ったことがあったが、新品ローターを使ったとしても、数周で歪みが出てくるほど。もちろん、社外のパッドを使っていたせいもあったのだが、それにしてももう少し耐久性がほしいと思ったものだ。それが2ピース化によってどう解消されるかは見どころの1つ。ちなみに2ピース化にしたことにより、2.54kgのバネ下重量軽減になっているという。

2ピースタイプのローターに変更したことで熱問題を解消し、軽量化にも貢献している
リアブレーキは1ピースローターのまま変更なし

 サスペンションの改良も多岐にわたる。アダプティブ・ダンパーのシステム制御アップデート、フロントロアボールジョイントのテンパリング加工を行ない、コンプライアンスブッシュに支持剛性を高める高減衰素材を採用。一方リアロアBアームブッシュを高硬度かすることでトーイン量を増やし、追従性を高めたという。

フロントサスペンション
リアサスペンション

 こうなればベースモデルと「リミテッドエディション」はどう違うのかを見極めたいところだが、今回はベースモデルの試乗はお預け。「リミテッドエディション」のみを鈴鹿サーキットで試す。だが、今回の試乗はフリー走行ではなく先導車つきのカルガモ走行。果たしてどこまで試せるかは疑問だが、早速コースインしてみる。

目で見ても分かる「リミテッドエディション」の優位性

 走り始めてまず感じることは、エンジンサウンドやエキゾーストノートがかなりダイレクトに感じられるようになったことだ。ヘルメットを装着しながらも感じられるその音は、やはり防音材を取り払ったからこその仕上がり。TYPE Rのエンブレムを掲げるなら、多少うるさくても許せてしまう。ホンダ車として初のアルカンターラ表皮を使うステアリング、面で操作できる新たな形状のシフトノブも扱いやすい。

マイナーチェンジで本革巻きからアルカンターラへと変更されたステアリング
左が2017年モデル、右がマイチェンした2020年モデル。右側にACCやLKASなどHonda SENSINGのボタンが追加された
TYPE Rのシフトノブも、時代とともに進化し続けていて、形状が変わっている
シフトノブの手前にはシリアルナンバーの入ったプレートが付く(写真は試作車両のため000)

 1周目はタイヤの温めもありスロー走行をしていたが、そこではアダプティブ・ダンパーの制御違いを味わうには最適の環境だった。Rモードはベースモデルのおよそ2倍近く引き締めたという足まわりが、意外にしなやかだったのだ。縁石に乗り上げても収束はシッカリ。跳ねるようなこともない。またコンフォートモードにすれば一気に力が抜ける感覚があり、これなら一般道における乗り心地も確保できそうだという感触があった。現行型に初めて乗った時、このキャラクター変化が新しいと感じたが、今回の「リミテッドエディション」の仕上がりは、それをより加速させてくれることだろう。

 タイヤが温まりいよいよペースアップする。先導車両をドライブするのは、スーパー耐久にもこのシビック TYPE Rで参戦する本田技研工業ブランド・コミュニケーション本部のチーフエンジニア 木立純一さん(ベースモデルにタイヤだけリミテッドエディションが履くミシュラン PILOT SPORT CUP 2に変更したもの)。その背後には他紙の取材で来ていた山野哲也選手、そして2回目は桂伸一選手という豪華ラインアップだ。そのせいか、これが本当に先導つき? というほどのハイペース。嬉しいようなしんどいような……。だが、おかげでベースモデルと「リミテッドエディション」の違いがハッキリと目で見えた。

青いシビック TYPE Rが先導するも、ほぼアクセル全開状態での走行

 コーナーへアプローチする際の向きの変わり方が「リミテッドエディション」はとにかく軽快であり、一瞬で脱出方向へとノーズを向けていたのだ。ベースモデルはしばらく向きが変わらないイメージがあり、重さと柔らかめのセットのためにロールアンダーのような動きだった。試乗後に見た左フロントタイヤは、明らかにベースモデルのほうが苦しい。「リミテッドエディション」の優位性は確かなものがある。

リミテッドエディションが履くミシュランPILOT SPORT CUP 2。とてもきれいに使えているのが分かる表面

 それは乗っていてももちろん感じられるもので、ブレーキングで一瞬に向きが変化させられることもあり、クルマとの対話性がより親密になった感覚がある。フロントタイヤの依存度が低くなり、4つのタイヤを上手く使いながらコーナーをクリアする感覚は絶品。かといってリバースステアが急激でなく、扱いやすく仕上げられたところが好感触だ。

 また、ブレーキングの頼りがいのある感覚、そして連続周回したとしても熱ダレが少なくなったことは衝撃だった。前のクルマに接近しすぎると水温計の目盛りが2~3つ上がることがあったが、ラインを外せば即座に復帰していた。

 常に全開で走ったとしても音を上げない、これぞ“TYPE Rの仕上がり”といっていい。今回は半日同じブレーキローターを使っていたとのことだったが、あらゆる方々が乗った後に試乗しても、1回目とあまり変わらないブレーキフィールが得られたことが嬉しい。かつてはドライバーよりもクルマがヤワだったが、今回は明らかにクルマのほうがタフといっても過言じゃないだろう。

鈴鹿サーキットの連続走行でも音を上げないリミテッドエディション

 このようにトータルで仕上がったシビック TYPE R。終わりと聞くとかなり残念だが、実は北米で発表となった新型シビックにも、やがてタイプRが出るとの噂があるし、広報部に伺ってみても否定をしないという姿勢のようだった。ここから数年はしばらくお別れとなるTYPE R。もう買えないという状況をいち早く改めてほしい。

 なお、「鈴鹿サーキット全開走行動画」も掲載しているので、ぜひ一度ご覧いただきたい。

11月18日に発表された新型シビック。TYPE Rも予定されているらしい

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はスバル新型レヴォーグ(2020年11月納車)、メルセデスベンツVクラス、ユーノスロードスター。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学