EVはクロカンを超える!? 日産の月面探査機にみるテクノロジー
2021.12.08 デイリーコラムやっかいなのは砂の道
「まだまだ研究段階ですが……」
2021年11月末、新たなコンセプトカーが撮影できると聞いて足を運んだ日産自動車本社で披露されたのは、枯山水のような砂場と、そこに置かれた“車輪付きの箱”だった。なんでも、月面を探索するためのモビリティー「月面ローバ」の試作機という。モノとしては、有名なNASAの火星探査機「キュリオシティー」みたいなものだろう。
しかし、なんでまた日産が月面探査機を……? よくあるEVコンセプトカーを予想してきた身には、やぶから棒だ。聞けば開発の発端はJAXA(宇宙航空研究開発機構)だそうで、同組織が月面ローバのプロジェクトを進めるなかで技術的な協力相手を公募し、日産と手を組むことになったという。
日産が期待されているのは4WDのテクノロジー。「e-4ORCE」と呼ばれる“電動駆動の4輪制御技術”だ。そして、その技術でクリアしたい課題とは、「砂地での移動」である。
月面は「レゴリス」と呼ばれる砂で覆われていて、地形としては起伏もある。これは探査機をはじめとする輸送機器にとっては極めて厳しい路面環境で、不用意に走らせたならタイヤが砂地に埋もれ、たちまち走行不能になってしまう。それが避けられたとしても、無駄に砂をかきつつ移動しているようでは、限りある電力は見る見る尽きる。走行エネルギーが極めて貴重な状況で、それはどうしても避けたいというのだ。
日産の技術なら、そんな事態を回避できる! というわけだが、他のメーカーではダメなのか? ヨンクの電動車なら、いまや多くのブランドから販売されているけれど……。その点、「日産には他社が追随できないほどのアドバンテージがある」と開発担当者は胸を張る。
“ちょうどいいところ”で走れる
e-4ORCEと呼ばれるテクノロジーは、新型EV「日産アリア」の4WDモデルにも採用されている。車体前後に搭載した計2基のモーターを統合制御することで路面のグリップ力を最大化させ、意のままになるコーナリングを実現する、というものだ。この制御技術を活用し、ブレーキングの際には車体の姿勢変化を抑制、乗員の前後方向の揺れも減少させる。結果的に、「意のままに、しかも快適に運転できるようになる」というわけだ。
月面ローバ用のe-4ORCEはその応用版であり、砂地に対する「タイヤの空転量」を市販車とは比較にならないほど緻密に制御することで、車体を着実に前進させる。タイヤの回転力が強すぎて空転してしまえば車両は動けなくなるし、小さすぎればそもそも前に進めない。それを、1000分の1秒よりさらに細かい周期で路面からの情報をフィードバックし、適切なモーター制御行うことで、“ちょうどいいところ”を探りつつ走らせる。
「リーフ」をはじめ、量産型EVを長年扱ってきた日産が開発したe-4ORCEは、その反応速度が飛び抜けて速く、他社のEVなど比較にならない……というのが、前述の自信の背景にある。開発担当は続ける。
「現実に電動車が増えてきて、この分野もより発展してきてはいます。しかし、肝心なのは出来栄え。e-4ORCEで言えば、モーターから出てくるトルクをいかにうまくタイヤに伝えるかが大事なわけです。電子の世界の話みたいですが、現実にはパワーユニットからタイヤまでの間にメカ(シャフトや減速機など)があるわけで、その『ハードとソフトの使いこなし』が難しい。これが両方できて初めて、モーターの素早いレスポンスがタイヤの動きに表れるようになります」
つまり、介在するメカの多い内燃機関車よりもEVのほうが技術的に有利。ゆくゆくは本格クロカン顔負けの悪路走破性を持つ市販EVが出てきてもおかしくはない。でもいまはまだ、この応用版e-4ORCEを備えるモデルは、月面ローバの試作機に限られている。
「e-4ORCEで4WD性能がアップするのは確実です。こういう制御の進化は非常に早いので、いかに素早く実装するかが大事。いつとは明言できないけれど、なるだけ早く市販車両に載せたいですね」
ぜひ、早期の実現を。「このクルマの4WDシステム、宇宙の月面探索機と同じなんだよ」なんて、運転席で言ってみたいじゃないですか。
(文と編集=関 顕也/写真=日産自動車、webCG)
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関 顕也
webCG編集。1973年生まれ。2005年の東京モーターショー開催のときにwebCG編集部入り。車歴は「ホンダ・ビート」「ランチア・デルタHFインテグラーレ」「トライアンフ・ボンネビル」などで、子どもができてからは理想のファミリーカーを求めて迷走中。